おくる言葉


「はっ……くっ……」


 ヤンのガビーンが止まらない。なぜ、ヘーゼン=ハイムが教師あっち側にいるのか。言ったじゃないか。自分はこの学院には来ないって。確かにあの男は、言ったのだ。


 その時。


 ヤンとヘーゼンの視線が交差した。


 ニヤリ。


「……っ」


 戦慄が走った。あの男、嘘を。真性異常者サイコパス。『騙される方が悪い』と言いたげな、まったく意味のわからない、理解不能な嘘をついてくる。


「ねえ、なんか、あの先生……めちゃくちゃ格好よくない?」

「ほんとほんと、あんな美男子初めて見たー」

「……っ」


 ヤンはその声に対し、尋常じゃないほど差し迫った視線を送る。何を言っているんだ、この少女たちは。見えないのか、冥府の入り口が。


「……なんかあの子、こっち見てない?」

「なんだろ? 可愛いけど、なんか変な子ね」

「くっ……」


 変な子だと思われた。ヘーゼンのせいで変な子だと思われたじゃないか。全然、変じゃないのに。変なのは、圧倒的に、あの異常者サイコパスの方なのに。


 しかし、そんな視線など、まったく気にする素振りもなく、ヘーゼンは、平然と立っている。


 そんな中。ほとんどの教師たちもまた、自分と同じような表情を浮かべていることに気づいた。どうやら、彼らもまたヘーゼン=ハイムの異常性に気づき、恐れ慄いている。


 あの悪魔は、学院時代に、何をやってきたんだ。


 そして、またしても、なぜか一番最初にヘーゼンが壇上にあがって、話を始めようとした時。突然、会場の後方にある扉が開いた。


「き、君……勝手に入ってはダメだ!」

「おい! ふざけるな! なんで……なんで俺が……なんで俺が入学式に参加できないんだ! 俺は合格だ……7日前まで、合格んだ!?」

「わかった、話は外で聞くから」

「うるさい放せ!」


 丸々と太った少年の貴族が、衛兵の制止を振り切って近づいてくる。


「こ、こら。何事だ」


 赤髪の美人教師がいち早く駆けつける。そして、その太った少年の顔を見た途端に、事態を大まかに把握したような表情を浮かべた。


「君は……イムカリ=セニテ君か。お父様からは、話を聞いていないのか?」

「な、なんのことだ!? いったい何を言っている!?」

「……いいから、少しこっちへきて話そう」


 赤髪の美人教師が、少年の背中に手を回そうとするが、彼は乱暴に払いのける。


「うるさい下級貴族の分際で! お父様に言いつけて、お前なんて辞めさせてやるぞ!」

「……っ」


 生徒と教師のほぼ全員が、イムカリという生徒に釘付けの中、ヤンだけが壇上に登壇した男に釘付けになっていた。


 そして。


「……ふぅ」


 黒髪の男は小さくため息をつき。


 フワリと宙を飛び。


 赤髪の美人教師と丸々と太った貴族少年の間へと降り立つ。


「な、なんだお前は! お前もお父様に言ってーー」

「君は不正行為がバレた」


 !?


「な、何を言っている!?」

「……呆れたな。本気で伝えられていないのか?」


 ヘーゼンは思わず肩をすくめる。


「い、い、いったい、なんのことだ!? 事実無根だ!」


 イムカリという生徒は、滝のような油汗をかきながら喚く。


「君のお父様は甘々だな。普通、親であれば厳しく息子を叱責してしかるべき立場であるのに」

「……嘘だ! 嘘だ嘘だ! この男は嘘を言っている!?」

「嘘ではない。から告発があったのだよ。君のお父様には大分政敵が多いようだね」

「……」


 なんとなく。なんとなくだが、犯人は目の前にいると、ヤンは確信した。


「う、う、うるさい! そんなこと信用できるか!? 法廷だ! 法廷に訴えて貴様らの誤りを断固として断じてやる。俺を誰だと思っている!? 名門のセニテ家に逆らうなど、絶対に後悔させてやるぞ」

「君のお父様が拒否したのだよ」

「……っ」

「当たり前だ。不正したことがバレるなど、無能の証明。名門の看板は、君のせいで、泥まみれだ。それを、わざわざこんな場所にまで来て、君は、セニテ家の恥晒しだな」


 !?


「いいかい? 君は恥ずかしい息子なんだ。隠したい存在なんだ。バレリア先生は優しいから、君の未来を考えて、なんとかことを穏便に収めようとしてくれたんだ」

「くっ……うるさいうるさいうるさーーーーーい! なんでそんなことをお前に言われなくちゃいけないんだ!?」

「僕だってこんなことを言う時間はもったいないし、君のような将来性も低い、名門というブランドだけがアイデンティティの性格も腐ったゴミ人材は相手にはしたくない」


 !!?


「……っ」

「でも、こんなところに出て来たら、対処せざるを得ないじゃないか。まあ、高い授業料だと思って、今日のことを反省して、更生をするのだね。君はまだ若い。限りなくゼロの将来性もまあ、ゼロじゃない。未来は平等に、公平に開かれているから」

「ふ、ふ、ふ、ふざけるなー!」


 イムカリは、拳で思い切りヘーゼンの頬を殴る。ピッと唇が切れてごく少量の血が地面に落ちる。


「……なるほど」


 ボソリとつぶやいた。


 瞬間。


 瞬間だった。


「「「「「……っ」」」」」


 生徒たちは刮目した。


 黒髪の青年の背後に、8つの魔杖を出現したのだ。そして、1つの魔杖が左手に収まる。そした、それを振るうと、もう片方の手に大量の羊皮紙の束が出現する。


 そして。


 その束を丸め、イムカリの喉に、思い切り捩じ込む。


「ゴボオオオッ……ゴエエエエエエエエッ!」

「美味しいかい。君のカンニングバレバレの答案用紙は?」


 息ができずに苦しみむせる少年の耳たぶを掴み、倒し、馬乗りになって、拳をゴキゴキと鳴らす。


「いくら、ここの試験官がザルだと言っても、もう少ししっかりと偽装するべきだったな。まあ、そんなことにも頭が及ばないから、不正などと言う安易でリスキーな手段を取る」


 弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾ッだだだだだだだだだだだだだだだだ弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾ッだだだだだだだだだだだだだだだだ弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾ッだだだだだだだだだだだだだだだだ弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾ッだだだだだだだだだだだだだだだだ弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾ッだだだだだだだだだだだだだだだだ


「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば……」


「はわっ……はわわわわわわっ」


 舞っている。


 少年の顔面が前後左右に。


 口から吐き出された羊皮紙とともに。


 ピラピラと。


 ぶっしゃあと。


 14歳の。


 まだ年端もいかない、完全未成年の顔面が。


 紙吹雪とともに。


 流血とともに。


 血飛沫とともに。


 舞い散らかしている。


 やがて。


 パラパラと羊皮紙が地面へと舞いちり、血が飛散した床とピクついた少年を覆い隠す。


「ふぅ……教育的指導も大変だ。まあ、覚えておくのだね。人を殴るのであれば、こうして殴られる覚悟を持つことだ」

「……っ」


 ×500発以上の拳の弾幕を叩き込んだイカれ異常者サイコパスを見ながら、ヤンはガビーンとしっぱなしだった。


 そして。


 鮮血に塗れた黒髪の男は、爽やかな笑顔で生徒たちに向かって振り返る。


「初めまして、学長代理のへーゼン=ハイムです。新入生へ贈りたい言葉は、一言だけ」






















 







「ようこそ、この完全実力主義の学院に」

「「「「「「……っ」」」」」」


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