入学式


            *


 テナ学院は、貴族と平民の差が存在しない唯一の教育機関である。それは、『人は誰しも平等である』という生易しい理想論でなく、弱肉強食。『優れた者のみを欲する』という学長の強烈な理念によるものだ。


「うっわー」


 馬車からピョンと飛び降りたヤンは、キラキラした瞳で、あんぐりと口をあける。目の前にあるのは校庭と校舎。夢にまで見た景色が広がっていることに深い感動を覚える。


「……義母かあ様、早く早くー」


 足取りが軽く、飛び上がって両手を振る。その笑顔は、1ミリの屈託もない。


 一方で。足取りが重く、やつれきった表情の女性、ヘレナ=ゴスロ(新婚)が馬車から降り、なんとか寂れた笑顔を絞り出す。


「……はぁ」

「……」


 同じく馬車を降りたヘーゼン=ハイム(兄)は、まるで、世界中の不幸を背負ったようなため息をつく義母ははの隣に近寄り、耳打ちする。


「おい、お前。もう少し真面目にやれ」

「……っ、申し訳ありません」

「学習しないな? 母親がそんな風に頭を下げるか?」

「はっ……くっ……」

「言っただろ? 『理想的な家族』というアドバンテージは、外聞的には非常にプラスになる。僕の完璧なプランを台無しにするお前は……敵か?」

「……っ」


 そんな恐怖の会話が繰り広げられていることなど知らず、ヤンはピョンピョンとはしゃぎ回っていた。


「……あらぁ、可愛い可愛いヤンちゃーん。あなた、ちょっとハシャぎ過ぎなんじゃないかしら?」


 遅ればせながら、負けじと、ヘレナもピョンピョンとはしゃぎ出す。


「ごめーん! でも、でもでもでも! これが学校なんだーって思ったら」

「もう、ヤンちゃんたらー!」

「義母さんだって、嬉しそうじゃないかー」

「ア、アハハッ。そうかなー?」

「ほんと、そうだよ。フフフ……」


 全方位、どこから、どう見ても、家族円満な親子である。その微笑ましい光景に、周囲にいた他の親子たちは暖かな視線で見る。


「見て見て、何あれ」

「おっかしい」


 3人のやり取りを見ながら笑っている親と生徒を流し目で見つめながら、ヘーゼンは満足気に頷く。


「では、僕は行くから」

「帰るんですか?」

「いや、先生方に挨拶をしてくる」


 そう言い残して、ヘーゼンは颯爽と去って行く。


「……」


 ヤンが入学すると、そのまま寮へと入る。そのため、外部の人との面会の機会は少なくなり、帰れるのは春、夏、冬の長期休暇だけだ。となれば、しばらく会えなくなるのだから、なんか言ってくれてもいいのに、と密かに思う。


「まあ、いっか」


 よくよく考えたら、もう二度と会いたくなかった。仮に今生の別れとなっても、全く惜しくはないし、むしろ永久に会いたくない。


「じゃ、義母かあ様、お元気で」

「ヒック……ヒック……元気でね、ヤンちゃん」


 2人はガッチリとハグをする。今年の入学式は生徒たちだけで、保護者は同伴しない。なので、学院の入り口でお別れだ。


 ヘレナが泣くほど惜しんでくれたことに感謝しつつ、校舎の方へと歩き出す。


 大広間の入学式会場に到着した。ヤンは、前方に移動して生徒たちが並んでいる席にドキドキしながら座る。


「……」


 キョロキョロと物珍しげに眺めていると、なんだかキョドキョドした少女が隣の席に座ってきた。ツインテールの童顔少女で、ヤンよりも背は一回りくらい低い。


 ヤンは緊張しながらも明るいトーンで声をかける。


「初めまして。私、ヤンって言います」

「は、は、初めまして。ロリー=タデスです」

「よろしく」

「よ、よ、よろしくお願いします!」

「……」

「……」


          ・・・


「凄い人だねぇ」

「そ、そ、そうですねー」

「どこから来たの?」

「き、き、近所です」

「……」

「……」


           ・・・


 か、会話が続かない。いつもは、自然なやり取りで間を埋めることなんて意識したことすらなかったが、絶賛、気まずい空気が流れている。


 ロリーは見た目が小さくて可愛いし、ぜひお友達になりたいのだが、自分以上にキョドキョドしていて緊張している。なにか会話の糸口を探そうとヤンはあれやこれやと模索する。


「近所って、どこに住んでたの?」

「て、天空宮殿に」

「えっ!? ってことは、上級貴族なの?」


 完全実力主義を謳っているこの学院には下級貴族、平民出身者の割合が多く上級貴族は少ないと聞く。


「……いえ。上級貴族のメイドをしてたんですけど、クビになっちゃって」

「そ、そうなんだ」


 いきなり暗い話をさせてしまった。なんとか、話題の転換をしようとするが、ロリーはボソボソと話を続ける。


「代わりに雇われたご主人様に『君は魔力が強いからテナ学院に入りなさい』って言われて、ここに」

「……」


 ん? とヤンは思う。


「ちなみに、その主人の名前は?」

「ヘーゼン=ハイム様です」


 !?


「……へぇ」


 ヤンは平静を装いながらも、握る拳が思わず震える。ここにも蔓延る圧倒的存在感。至る所に毒牙が張り巡らされているようで、これ以上のお付き合いを躊躇してしまう。


「……」


 いや、しかし。そんな、偏見はダメだ。悪魔と関わりがあるからと言って、この子に罪はない。自分のように、不幸にも災厄に関わった普通の子なのかもしれない。いや、絶対にそうだ。


「あ、あー! 先生たちが入ってきた」


 ヤンは話題を切り替えて前を向く。今は、今だけはあの存在を忘れたい。綺麗サッパリと、記憶の彼方に消し去って、楽しい学院生活をーー































  ヘーゼンが教師たちの先頭で入ってきた。

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