入学式前日
*
「ふんふふーんふーん♪」
ヤンはご機嫌そうに鼻歌を歌いながら、荷造りをする。入学試験も無事に突破して、明日は、テナ学院の入学式だ。全寮制の学校で、2年間。
「何がそんなに楽しいのか」
こちらも荷造りをするヘーゼンは、小さくため息をつく。こちらはこちらで、引越しの準備だ。今まで統治していたクラド地区も相当な賑わいを見せるが、この機にゼルクサン領の本拠を変更するらしい。
まあ、どこなりとも好きに行ってくれと思う。
「だって、私、学校なんて初めてなんですよ? 同い年の子たちがいっぱいいるんですよね?」
「まあ、確かにそうかな」
何よりもこの悪魔と離れられる。これは、もの凄く、はっきり言って一番嬉しかった。狂喜したと言っても過言ではない。ああ、このとてつもない開放感。ウキウキしてしまい、自然と鼻歌が漏れてしまう。
「まったく……本当に、何がそんなに楽しいのか」
「……くひひっ」
笑いが。笑いが止まらない。
しかし。もう30分ほど過ぎて。ヤンの心の中に不安が襲ってくる。なんせ、学校なんて初めてなのだ。自分は他の人と比べて、成長が遅かったので、同い年の子と友達となって遊んだ経験がほとんどない。
そう考えると、不安がどんどん襲ってきた。もしかしたら、友達が一人もできないで、クラスの中で孤立してボッチ飯を食うことになるかもしれない。
「私、友達できるかなぁ」
「まあ、できるんじゃないか?」
「……」
関心ゼロ。相変わらず、自分の興味のあることしか反応を示さない悪魔だ。この男は、当然、ボッチで飯を食っただろうし、ボッチでも全然平気な精神性の持ち主なんだろう。
そんなことを思ったところで、2人の存在が頭に浮かんだ。
「
「ああ。確か、隣の席だったな。僕から声をかけたんだっけな。そう言えば、彼女はかなり緊張していたな」
ヘーゼンは思い出したようにフッと懐かしげな笑みを浮かべた。
「……カク・ズさんとは?」
「魔杖製作の時だったかな。あの時は、素材を探しに行って、それを寄越せと絡んできた輩がいたんだったな」
「と、当然容赦なく撃退したんでしょうね」
「いや。僕もその時は魔法が使えなくてね。その頃は、色々と立ち回りを考えて行動していたよ。懐かしいな」
「……」
なんとなくだけど。ヘーゼンは、相変わらずヘーゼン=ハイムだったのだろうなあとヤンは思う。
「……あっ、後の奴隷だったな」
「その子の人生が終わってる!?」
ヤンのガビーンが
でも、ちょっとだけ安心した。魔法が使えなくても、ヘーゼンのように性格が最悪というか純正な異常者でも、あんなに素晴らしい友達ができるのだ。
「あの、学生生活を送る上で、なんかアドバイスとかないんですか?」
「アドバイス……アドバイスねぇ……」
ヘーゼンは荷造りをやめ、珍しく、考えてくれた。
「ヤン。友達は作りなさい。1人か2人でいい」
「ええっ!? もっともっと作りたいですよ」
「もっともっと作ってもいい。だが、僕の言っている友達というのは、真に友と呼べる者のことだ」
ヘーゼンはヤンの目を見ながら話す。
「真の友……ってどんな関係のことなんですか?」
「表現するのは、口では難しいな。ただ、僕にとっては、エマとカク・ズがそれに当たるな」
「ひひ……あの2人はもう愛想尽かしちゃってるかもしれませんよ?」
冗談めいた口調でそう言うと、ヘーゼンは首を横に振る。
「彼らが僕のことをどう思っていようと関係ない。僕が彼らをそう思っているということで十分なんだ」
「……嘘です、ごめんなさい」
ヤンは、少し反省して謝る。エマもカク・ズも本当にヘーゼンのことを大事に想っているのは見ていてわかる。そして、そんな3人の友情を心のどこかで羨ましいと思っていたことも確かだ。
「でも、私にだって友達はたくさんいますよ。ナンダルさんでしょう? バーシア女王でしょう? ギザールさんも、シノンちゃんも、セシルちゃんだっているし」
ヤンは不安な気持ちを振り払うように、次々と名前をあげる。
「僕もなんとなくでしか言えないが、学生時代の友と彼らとは少し違う気がするな。当然、僕にとっては彼らも大事な仲間だが」
「……
ヘーゼンはかなりドライな人間だ。人を人とは思えない冷酷さがあるし、簡単に人を斬り捨てる人間のようにも思えたからだ。
「利害なく人と付き合える存在がいると言うことは、実はすごく難しいことなんだ。そして、社会人になってそれができるかと言うと、なかなかできない」
「……
「それだけじゃないが、それも理由の1つだな」
「……」
ジワっと心の中が熱くなる。普段、冷たすぎるほど冷たいのに、こんなに優しいのはズルい。
「私、友達作ります。
「……まあ、頑張りなさい。張り切ると空回りしそうで少し心配だが」
「あと、便利だから奴隷も数体作りなさい」
「……っ」
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