転換


           *


 エヴィルダース皇太子の謁見後。ヘーゼンはエマと合流し、内容を簡単に説明する。


「信じられない……」


 一連の話を聞いたミディアムヘアの美少女は、驚愕な表情でつぶやく。


「まあ、色々あったが、ゼルクサン領とラオス領を手にできたのは大きいな」

「だ、断じてそんな雑な総括でまとめられていいものじゃないと思うけど!?」

「そうか?」

「そう! 絶対にそう! 完全にエヴィルダース皇太子から敵認定されてるじゃない!? どうするのよ!」

「仕方ない」

「……っ」


 できれば穏便に治めたかったが、向こうが欲を出して誘ってきたのだ。そして、断りを入れれば、必然的に敵対関係になることは分かっていた。


「アウラ秘書官も、さすがに呆れていたな」


 エヴィルダース皇太子の突発的な行動は、病気のようなものだ。今後の手綱を握る難儀さも容易に想像ができる。そして、あらためてわかった。


 皇帝足る器ではない。


 少し煽りすぎた部分もあるが、やはり、自身の欲望を抑えられない性質たちなのだろう。衝動的かつ感情的なタイプは王には向かない。


「でも、彼らを敵に回すと閑職に回されるんじゃない?」

「ちょうどいい。しばらくは、領地の強化に努めたい」


 自領は大幅に膨れ上がったが、今は統治しているとも言えない状況だ。各々の地域で抱える問題なども解決していかなくてはいけない。


「それなんだけど、相当反発も起きるんじゃない? 爵位も追いつかずに、ねじれも発生するだろうし」

「……そうだな」


 帝国は領、郡、地区の順に納める爵位が異なる。領の中に複数の郡があり、その郡の中に複数の地区がある。


 上級貴族の最下位『全流』の爵位だと、任せられるのは郡で、領の統治など通常はあり得ない。今回、ヘーゼンが貰った土地の規模は、破格中の破格だ。


 そして、郡を取りまとめている上級貴族たちの方が爵位が上だ。そんな彼らが素直に言うことを聞き、税を納めるとは思えない。


 郡を統治する上級貴族は、ゼルクサン領に30人。ラオス領に40人。そこには、以前ヘーゼンが治めていたクラド地区の取りまとめを行う上級貴族も含まれる。


 望んだこととは言え、支配地域があまりにも大きくなり過ぎた。


「となると、やはり人材が足りないな」

「……ブギョーナ秘書官から、相当数のメイドを引き抜いたって聞いたけど」

「一時的にはな。だが、当主交代の際には、ゴスロ家に返すのが筋だろう」


 ゴスロ家とは今後も長く付き合う可能性もある。そうなると、彼らの勢力を削ったと思われる行動はよろしくない。


 特に、分家の当主ネト=ゴスロが本家になるのは、相当な根回しが必要になる。筆頭メイドのオバーサのような優秀な人材が必要不可欠だろう。


 短期的に預かっている分には使うが、長期的な戦力は見込めない。


「数日後には、ヤンもテナ学院に行かなくていけないしなぁ」


 正直に言えば、これが一番の痛手だ。内政面では、ヤンは異常な力を発揮する。人を惹きつけ動かすことにおいては、今やヘーゼンよりも上なのではないだろうか。


「……それでも、入学の延期をさせないのは偉いじゃない」

「学生時代は必要だと思う」


 特に同世代の者同士が、絆を深めることが大事なのだとヘーゼンは思う。これには、エマやカク・ズ……それに、前世の学生時代のことが心に強くある。


 もちろん、これは自分の経験則なので、押し付けるのはエゴかもしれない。ただ、ヤンも喜んでいるので、まあ、いいのかなと思う。


 ふと隣を見ると、エマが、なぜか嬉しそうに、ニコニコしている。


「なんだ?」

「なーんにも。エヘヘ」

「……とにかく、少なくとも自領から収益が上げられる体制を作らなくてはいけないな」


 今の状態では、郡から税が入ってくるかも怪しい。爵位とは、それだけ貴族間の関係性を大きく表す。


「お父さんに庇護を求める?」

「……」


 エマが心配そうに提案する。これは、俗に言う『名義貸し』だ。ドネア家に土地を譲渡するという形を取って、実質的な運営はヘーゼンが行うという手法だ。


 エヴィルダース皇太子も同様の方法で、相当な名義貸し料を搾り取っていると聞く。


 確かに、ドネア家当主ならば、領運営の格としては十分過ぎる。大地区の上級貴族たちも有無を言わずに従うだろう。


 だが、ヘーゼンは首を横に振る。


「いや。ありがたい申し出だが、それをするとエヴィルダース皇太子派閥から猛反発を喰らう。今は正面衝突は避けたい」


 それに、ヘーゼンにとって理想なのは『皇帝派につく』と言うより、『皇帝派の受け皿』となり得る選択肢となることだ。


 皇帝派の掲げる旗ではなく、自分たち自身の勢力を中心とし旗を立ち上げる必要があるのだ。


 それを考えると、ことあるごとにドネア家のことを頼りにする訳にはいかない。


「でも……それなら、どうするの?」

「まあ、なんとかするさ」


 と言いながら、ヘーゼンは思考を次へと回す。


 魔杖まじょう制作において、そろそろ弟子を取らなくてはいけないなとも思う。潤沢な資金もできた。土地もある。クミン族から宝珠も密輸できる。


 あとは、優秀な魔杖工さえいれば。


「ら、楽観的ね」

「まずは、現地に行ってみないとな。エマ、君も頑張れ」

「……頑張ってるもん」

「もっともっとだ。君ならできる。僕が保証する」


 ヘーゼンはそう言い残して馬へと乗り込む。すぐに自領に戻って、ヤンの入学準備をしなければいけない。


「……次は、いつ会えるの?」


 エマの声が、後ろから聞こえる。少しだけ、トーンが低めか。


「当分は忙しい。伝書鳩デシトで場所を知らせるから、君の方から会いに来てくれ。だが、どうしても必要な場合は、すぐに行く」

「……うん!」


 元気になったエマの声に、ヘーゼンはフッと笑顔を浮かべて颯爽と馬を走らせた。

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