エヴィルダース皇太子(2)


 ヘーゼンの言い放った言葉に。エヴィルダース皇太子だけでなくアウラ秘書官も、他の派閥の面々も、一斉に疑問符が浮かぶ。


「……言っている意味がよくわからないのだが」


 現在の帝国法において、最下級は奴隷しかない。その中で、貴族が使用する奴隷を『上級奴隷』と表現することはあるが、『奴隷の奴隷』などと言う表現は使わない。


 すると、ヘーゼンが口を開き説明を始める。


「私は、心の狭い人間なので、ブギョーナ秘書官を許せないんですよ。だから、ただの奴隷などでは満足できない」

「……」


 確かに、家族を誘拐するという行為は卑劣極まりない。情報によると、孤児の身から拾われ、相当な恩義と愛情を抱えているとのことだ。


 皇后セナプスを溺愛するエヴィルダース皇太子には、容易に想像ができた。


「だから、彼を、この世の中で最も下等な存在に貶めたいのです。帝国の底辺である奴隷たちのストレスの捌け口。彼らの玩具おもちゃとなり続けるだけの存在。全ての人間の中で最も下等で下劣で忌むべき存在。それが、私が考える『奴隷の奴隷』です」

「……言いたいことはわかったが、現行の帝国法にはそんな法律はない」

「作ればいいじゃないですか」

「……っ」


 瞬間、エヴィルダース皇太子の心の琴線が旋律を奏でる。真っ先に脳裏に浮かんできたのは、小さな子ども……


 末弟の童皇子イルナスの姿だった。


 現在、皇帝陛下からの寵愛を受けているヴァルナルナース。皇后のセナプスはことあるごとに遠ざけられ、常に1人の夜を過ごしている。


 あの売女ばいたのせいで……母は。


 そんな思考が駆け巡っている最中、アウラ秘書官が口を挟む。


「そんな法律、皇帝陛下が認めるとは思えないな」

「……」


 確かにその通りだ。この国の抜本的なカースト制度を変えるには、相当な大きな法律の改定が必要になる。少なくとも、専門家たちによる数年の議論が必要になるし、当然、皇帝陛下の承認も必要になる。


 だが、ヘーゼンは平然と答える。


「可能でしょう? エヴィルダース皇太子が皇帝になられれば」

「……っ」


 思わず、全身から鳥肌が立った。


「私も、すぐにできるとは思っておりません。ですが、皇帝陛下になってから法律を通すのと、今から準備するのではスピード感が違いますからね。ほら、ブギョーナ秘書官もお歳ですし」

「……ククク……クククククク……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 エヴィルダース皇太子は、高笑いを浮かべた。この男の、この提案は本当に面白い。同時に、心に決めた。自分が皇帝陛下になった時、真っ先にするべきことを。


 初勅だ……初勅でイルナスを奴隷の奴隷にする。


 ブギョーナなどに、初めてヴァージンを捧げるなど、もったいない。そのような栄光は、あの愚かで下劣な童皇子にこそ相応しい。


「お気に召していただけたようで嬉しいです」

「ああ、本当に興味のある提案だった。ぜひ、推進しよう。なあ、グラッセ筆頭秘書官」

「はい」


 すぐにでも動く。もしかしたら、皇帝陛下の崩御が直近であるかもしれない。そうなった時に、初勅で宣言できるような段取りを整えていく。


 エヴィルダース皇太子は、上機嫌に尋ねる。


「それで? ブギョーナを奴隷の奴隷に堕とすことを約束すれば、の派閥に入ってくれるのか?」

「いいえ。私は、『皇帝陛下にしか仕えません』ということを言いたかったのです」

「なんだと?」

「派閥に興味がまったくないのです」

「……」


 なるほど、皇帝派につくと言う訳か。皇帝派は、現皇帝のみを支持する者たちで、その筆頭が最側近のヴォルト=ドネアだ。


 権勢は強いが、皇帝一代のみに限られる。


 確かに、ヘーゼンとドネア家の繋がりは深いと聞いている。それは、下手にこちらから手を出させないための威嚇とも取れる。


 だが、皇帝レイバースもそれほど長生きはできないだろう。時間はこちらに優位だ。現に、エヴィルダース皇太子は、徐々に彼らをも切り取り始めている。


 レームダックはすでに始まっている。


「よく、考えて……後悔しなければよいがな。が皇太子になった時には、当然、それまで世話になった者たちを重用する。必然的に、末端の末端の片隅でを支えてくれると言うことになるのかな……クク……」


 エヴィルダース皇太子は嘲ったように笑みを浮かべる。


「なるほど……を重用されると言うことですか」

「至極当たり前の理屈だろう? 特に長く仕えて、を支えてくれた者たちには、その恩義にことが報いるのが、人の道だというものだ」

「そうですか。であれば、やはり、お断りいたします」

「……なぜだ?」

「私の調べが確かならば、これまで最も長く派閥に在籍し支えられてこられたのはブギョーナ秘書官です」

「……っ」

「答えになってますかね?」

「……」


 こいつ。


「わかった。もう、無理には誘わない。だが、が皇帝になって、ブギョーナを奴隷の奴隷に堕とせば、の臣下として働いてくれるのだな?」

「はい。お約束します」

「わかった。ならば、も約束しよう。がブギョーナを奴隷の奴隷へと堕とすことを」


 貴様と一緒にな、とエヴィルダース皇太子は心の中でほくそ笑む。


 自分が、皇帝になった時。他ならぬヘーゼン=ハイムを奴隷の奴隷にしてやろう。ブギョーナだけが、そうなると思っていたこの男が同じように奴隷の奴隷へと堕とされた時の歪んだ表情かおが見てみたい。


 まず、初勅で童皇子イルナス、そして、次にブギョーナとヘーゼン=ハイムを堕とす。全員、仲良く可愛がってやる。


「クク……まったく。楽しみなことだな」


 エヴィルダース皇太子は、満面な笑顔を浮かべ。


「ええ。楽しみにしてます」





























 ヘーゼンもまた、爽やかに微笑んだ。

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