ヘレナ


          *


 ガロエラ地区のジナセア城。煌びやかで広い衣裳室で、ヘレナの周りを専属メイドたちが忙しなく動き回っていた。


 きめ細やかにメイクを施され、しなやかに髪をブラッシングされ、着々と身なりを整えられていく。


 やがて。


 鏡を見せられた時、まるで自分が自分でないと思うほど美しかった。


「うっわぁ……」


 纏っている純白のドレスは、平民の身では一生働いても手に入らないほどの額だ。身につける装飾も、どれも豪奢なものばかり。


 夢にまで見たウェディングドレスの理想が、目の前にあった。


 だが。


「でゅふ……え、綺麗だよ」

「……っ」


 キッツぅ……と、ヘレナはものすごく酸っぱい表情を浮かべる。


 目の前にいるのは、ネト=ゴスロ。分家では、トップの権勢を誇る老人ジジイである。ただ、驚くべきは、その奇妙な風貌だった。


 服装のセンスとかではなく、純粋な外見がわがとにかく気持ち悪い。


 老人ジジイにしては体格がよく、ポッカリとお腹が出て丸々と太っている。頭が瓢箪形で、奇怪な風貌している。


 そして、圧倒的な顔面力ブス顔


 一度見たら忘れられないほど、強烈な不細工だ。


「でひゅ……え、お気に召さなかったかな?」

「い、いえいえ。そんなことは」


 優しい。とにかく、目の前にいる老人ジジイは優しく紳士だ。完全なる政略結婚であることは理解しているし、本来は自分などという身分では手に届かない存在だ。


 ……メイドたちの話だと、性欲は強いらしい。


「父さん。どう?」

「でゅふでゅふ……綺麗に決まってるだろう、そんなもの」


 油汗をかきながら、丸々と太った不細工老人ジジイの隣で爽やかなイケメンが立ち、会話が始まる。彼は息子のラレーヌ。端正な顔立ちをした細身の若い青年だ。


「……」


 ヘレナは2人を交互に見て、絶対に血が繋がっていないと確信した。


 とは言え、彼女の知らないところで、あれよあれよと話が進み、気がつけば結婚式まであと5日。もう、どうにも逃げられないところまで来てしまった。


「……はぁ」

「でゅふ。え、マリッジ・ブルーというやつかな?」

「……」


 見れば、見るほどに、信じられないくらいの不細工だ。ヘレナが恋人に選ぶ条件は、1に顔面、2にスタイルである。金、地位等、他の要素はおまけ程度にしか過ぎない。


 奴隷ギルドで小金を稼いでいた時も、全てはイケメンの男をゲットするため。なんなら、その金で目当てのイケメン奴隷を買って恋人にしようとしていたくらいだ。


「え、あと5日だね」

「……は、ははっ」


 ネトはかなりの紳士で、ヘレナには指一本も触れない。だが、新婚初夜には、さすがに犯されるだろう。当然だ。


 夫婦なのだから、合法的に犯される。


 ヘレナは自室に戻り、窓の外を開ける。空は雲で覆われていて月も星も見えない。いったい、なんでこんなことになってしまったのか。


「誰か……連れ出してくれないかな」


 ボソッと、そんな願望を口にする。贅沢は言わない。イケメンの衛兵でも、イケメンの執事でも、イケメンの奴隷でもいい。


 密かに自分を想っていて、恋心を抑えきれないイケメンが、自分を連れて逃げて、駆け落ちをして。そのまま2人で慎ましやかに、だけど幸せな婚姻生活を送るのだ。


「フフフ。なーんて、そんな都合のいい話、ある訳ないっか」


 叶うはずもない自分の妄想に、自分で笑ってしまった。もう5日後には、激しい不細工に犯される。きっと、めちゃくちゃに犯される。


 その時。


「大人しくしろ」

「……っ」


 ヘレナの首筋にはナイフがあった。まるで、初めから存在するかのように。黒装束の男は、被っていた仮面を取る。


 イケメンだった。


「安心しろ。抵抗しなければ乱暴はしない。あるお方が、お前を必要としている」

「えっ……それって……」


 ヘレナは思わず口走るが、黒装束の男は彼女の唇に静かに手を置く。


「ご主人様には、『丁重に扱え』と命令が下っている。こちらの指示に従えば、悪いようにはしない」

「……っ」


 ヘレナは迷わず頷いた。


 ただ、ここを逃げ出せればよかった。あの、とんでも不細工から逃れられるのだったら、どこでも構わない。


「よし。では、行こう」

「……っ」


 黒装束のイケメンは、爽やかな笑みを浮かべながら、ヘレナをお姫様抱っこする。途端に、胸が激しくときめく。夢にまで見た光景だった。


 鍛え抜かれた身体。太い首筋。端正な顔立ち。どれをとっても好み過ぎる。思わずヘレナは、過剰にギュッと抱きしめて胸をピッタリとつける。


「あの……お名前を聞かせてもらっても」

「私の名前を知る必要はない。ただの雇われ暗殺者だ」

「……っ」


 カッコよ、とヘレナは思った。


 そして、暗殺者を雇うほどの主人とは、いったい何者だろうかと夢想する。ネトのような上級貴族から自分を奪うなんて、その貴族も相当な地位だろう。


 こんな夢みたいなシンデレラストーリーが、存在するなんて。


 ヘレナはギュッと暗殺者を抱きしめた。あわよくば、このイケメンも自分に恋をして、イケメンの主人と取り合いをしてくれればいいのに、と願った。






























「あひょ……あ、待ちかねたぞ」

「……っ」


 ヘレナは泡を吹いて、失神した。

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