ブギョーナ


           *


「あ、どうする……あ、どうする……あ、どうする……あっはぁあああっ」


 天空宮殿。上級貴族が住まう邸宅の中でも、とりわけて豪奢な邸宅で、ブギョーナは右往左往しながら悶え悩んでいた。


 自分を痛ぶっている時のエヴィルダース皇太子の恍惚とした表情。間違いなく、にえと見なされている。このままでは、欲望のままにもて遊ばれ、ボロ雑巾のように捨てられる。


「あ、まずい……あ、まずいまずいまずいまずい……あ、まずいまずいまずいまずいまずいいぃ」


 あの悪夢のような会合の後、エヴィルダース皇太子はブギョーナの顎をガン掴みして凄んできた。


『ヘーゼン=ハイムを我が派閥に入れなければ、貴様は末端の秘書官に降格だ』


 思わず、耳を疑った。ブギョーナが左遷を画策した張本人にも関わらず、無理難題を強いてくるのは、『どうせできる訳ない』と思って愉しんでいるのだ。


 だが、これをどうにかしないことには、元の地位に返り咲くことはできない。エヴィルダース皇太子には、Noと答えるなど許されない。YESしかない……そうやって生きてきた。


「あんっ……ふっ! あ、考えろ……考えろ……考えろ考えろ考えろ……ああ、できる訳……あ、いや、あきらめるな……考えろ考えろ考え……」


 そんな中、ふと、目の前にある肖像画が視界に入る。しばらく、彼女を見つめると、独りでに、ツーと目から涙が溢れ落ちてきた。


「……っ」


 そして。


「あ、ふぅ……グスッ。ベレ゛ナ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛う゛あ゛う゛あ゛……」


 やがて、ブギョーナは泣きじゃくりながら、ひたすら肖像画ヘレナけつに頬擦りする。むしゃぶりつくすように、何度も何度も、舐めまわす。


 ヘレナ=ダリ……ヘーゼンの義母である。


 顔立ちが特に美しい訳でも、特段プロポーションがいい訳でもない。強いて言えば、熟れたけつだけが取り柄なだけの女。


 だが、ブギョーナにとって、いつのまにかかけがえのない存在となっていた。


「あうっ……ぐっ……あ、ひっく……あ、ひっく……」


 そして。ひとしきり泣きつくした後。


「……」


 カチャカチャ。


「失礼します!」


 !?


「あ、ぐあああああああああおおおおお!」

「きゃああああああああああい!」


 ブギョーは慌てふためき、一向に収まらない股間をしまおうとするが、皮肉にも、納めようとすればするほど、これ以上ないくらいに、剥き出されたモノは、ギンギンだった。


 苦し紛れに、ピョンピョン、ピョンピョンと蛙の如く、両手両足で跳躍し、机の下に剥き出されモノをひた隠す。


「あ、し、失礼だろ! あ、失礼すぎるだろノックなしなんて!」

「も、も、申し訳ありません」


 自身のとんでもない失礼を完全に棚上げにして。ブギョーナは新米メイドであるロリー=タデスの失礼を責め立てる。


「あ、それで! あ、なんなんだいったい!?」

「あの、伝書鳩デシトの手紙が届きましたので」

「なんだ、そんなに重大な……っ」


 !?


 机に置かれたのは、ゴスロ家の分家筆頭であるネトと……ヘレナ=ダリとの結婚式の招待状だった。しかも、1週間後。


「な……なぜだ! 私は認めんと伝えたぞ!? なんで、当主の私の許可なく勝手に話が進んでいる!?」

「ひっ……」


 ブギョーナは拳を机に叩きつける。分家は、当主の承諾がなければ、婚姻などすることはできない。ブギョーナは『ヘレナ=ダリ』が下級貴族であるという理由で、断固として反対の意を伝えたはずだ。


「あ、おい! 聞いてるのか!?」

「ひっ……あっ、ごめ……」

「もういい! オバーサ! オバーサを呼んで来い!」

「は、はひっ!」


 逃げるように、新米メイドのロリーが、退出する。


「あ……ううっ……あ、うがあああああああああああああああ!」


 ブギョーナは、結婚式の招待状をビリビリに破る。やがて、ロリーが、ベテランメイドのオバーサ=リアンを、泣きながら連れてきた。


「な、何事ですか? ご主人様らしくなく取り乱されて」

「おい! どうしてネトとヘレナ=ダリが婚姻するんだ!? 私は、断固として認めないと言っただろうが!?」

「えっ……いえ、それは私は初耳でした」

「あ、嘘つけ! 私は確かにロリーに伝えておけと……」


 !?


 その時、ドクンと、鼓動が高鳴る。ブギョーナに嫌な予感が駆け巡る。


「あ、おい、ロリー……貴様、まさか……」

「グスン……グスン……わ、忘れて……ました」

「……っ」


           ・・・


「あ、うがあああああああああああっ!」

「きゃああああああああああああ!」

「ご、ご主人様! お、落ち着いてください!」

「殺す! 殺す殺す殺す! 犯す! 犯すぞこのクソあまあああああああああああああああああ!」

「ひいいいいいいいいいいっ」

「ろ、ロリー! に、逃げなさい!」


 発狂しながら襲いかかるブギョーナを必死で止めるオバーサ。新人メイドのロリーは、脱兎の如く部屋を飛び出して行く。


「あ、待てこのクソあまぁ! あ、許さんぞこの無能が! あ、捕まえて、縛って、犯して犯して犯し尽くして……っ」


 そう言いかけた時、ピタリと止まり、不気味な笑みを浮かべた。


「……あ、そうだ。なんで、気づかなかったんだ。あ、初めからそうすればよかったんだ」

「ご、ご主人さ……ひっ」


 オバーサは、そのあまりにも醜悪なブギョーナの笑みに、思わず呼吸を止める。


「あ、すぐに腕ききの暗殺者を手配しろ! 金に糸目はつけない。あ、それと、ガルナルク、ペテロ、ザナリリも呼べ!」

「……かしこまりましたが、少将でも暗殺なさるんですか?」

「あ、うるさい! 早くしろ! あ、1時間以内だ! ごちゃごちゃ言うと貴様も犯すぞ!」

「は、はい!」


 そのあまりの剣幕に、オバーサは、急いで行動を開始する。


 1時間後、ブギョーナの前に、ズラリと暗殺者が並ぶ。さすがは、有能メイドのオバーサの手際に抜かりはない。


「急拵えながら、4等級から5等級を持つ魔杖を持つ暗殺者を十人。そして……ガルナルク、ペテロ、ザナリリを集めました」

「あ、よし!」


 名門ゴスロ家には3人の専属暗殺者が存在する。いずれも、2等級以上の魔杖を持った者たちだ。いずれも、少将級の実力を持ちながらも闇に身を落とし暗躍してきた者たち。




























「あ、貴様らが誘拐するのは、ヘーゼン=ハイムの妹であるヤンと言う小娘……あ、そして、義母のヘレナだ」


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