ラシード(2)
「ええっ……俺、話してたか? 全然、記憶にないが。ううむ……」
ラシードが唸りながら頭をかく。
「してましたよ。聞いてもないのに、ずっとブツブツと話しかけてきたじゃないですか。私、仕事してたのに」
「……っ」
すべての大国が、喉から手が出るほど欲しい情報を『聞いてもないのに』と言ってのける黒髪の少女。
「ち、ちなみに1つ聞くが。ラシードは契約魔法は結んでないのか?」
「ん? 結んでないよ」
褐色の剣士は、追い酒を口にかきこみながら答える。
「なぜだ?
「なんか、
「……っ」
そんな理由で。
ヘーゼンとしては理解できずにクラクラするが、同時に『ヤンと性格が合うな』とも思う。彼女の鷹揚さは周囲に人を集める……特に変人は。
「縛られるの苦手なんだ。短期の契約魔法ならば金のために仕方ないが、ずっととかは
「……にわかに信じられないんだが、どうやって契約魔法を回避したんだ?」
「契約するやつが同郷の親友でな。頼み込んで、酒を奢ったらやってくれた」
「……」
酔狂な男だ。自身の感性と感覚、能力のみを頼りに生きる。天才型の剣士には稀にいるタイプだ。まったく理解できないが、このような男に惚れ込む者も多い。
「それで? やはり、駄目か?」
「いや、教えちまったものは仕方がない。ヤン、別にいいぞー」
褐色肌の剣士は、追い追い酒をかきこみながら答える。その、あまりにも軽い情報漏洩に半ば拍子抜けもしつつ、ヘーゼンは更なる情報を引き出そうとする。
「……ついでに竜騎の卵の調達法も教えてくれないかな?」
「それは駄目だろ。それこそ、砂国ルビナの超国家機密だ。絶対に、何が何でも、命を懸けても言えないね」
「言ってましたよ、ベラベラと」
!?
「う、嘘ぉ……」
「酔いすぎなんですよ、ベロベロに。こっちは仕事してるのに、高い高いしながら言ってました」
「じょ、状況がわからない」
ヘーゼンは大きく頭を抱える。聞けば、忙しく仕事をしてるヤンに絡んで、かまって欲しくて話していたんだそうだ。
聞いたところで、わからない。
ラシードは記憶を思い出そうとしているのか、頭痛がするのか、とにかく頭を抑えながら唸る。
「うーっ……まったく。記憶にはないが」
「なんか、他の人にも、いろいろ話していそうだが」
「まあ、話したこともあるかもしれないが、竜騎に興味のあるやつには話さなかったと思うな。聞かれると、隠したくなるもんだろ? 特にシュレイなんかが聞きたがってたが、絶対に言わなかったもん」
「……そんなものか」
だんだん信憑性も怪しくなってきたが、ヤンだからこそ話したと言うことに納得もできる。そう言えば、この黒髪少女には、重要な情報が集まってくるのだ。
「で? ヤンは、卵のありかもわかるのか」
「砂国ルデアの最北端。ギラルギアの丘にあります。産卵期には数万個が立ち並ぶそうですよ」
「……」
「盗もうと思ってるんですよね? 駄目ですよ」
ヤンがヘーゼンの心を見透かしたように釘を刺す。
「まあ、頭にはよぎったが、さすがに厳重な防備体制だろう」
「はっはっはっ! その通りだ。それに、竜騎の卵は、大人の馬ほどの大きさと重量がある。大量に運ぶことなどできない」
「民間でも、売り出されてますよ」
!?
「う、売ってるのか!?」
「砂国ルビナの流通では竜騎で運ぶのが主流ですからね。庶民もかなり活用してるんですよ。ねっ、ラシードさん」
「……っ」
めちゃくちゃ喋ってる。ヘーゼンがジト目で見ると、さすがのラシードもバツの悪そうな表情を浮かべる。
「ヤン……ちなみに、俺はどこまで話した?」
「友達のバルファーレさんて人が、竜騎の牧場をやってて、ラシードさんが頼めば売ってくれるんですよね?」
「……っ、ま、まあな。だが、俺が頼まない。さすがに故郷の国に悪いし。そう言えば重大な裏切りになるし」
「えっ? 『頼む』って言ってましたけど、あれ嘘なんですか?」
!?
「う、嘘! そんなこと言ったのか俺は!?」
「こっちは別にいいって言ったんですけど、『いや、俺の竜騎捌きを見せてやる』とか言って。動き回って、その後、ゲロゲロに吐いてて大変だったんですけど」
「ま、まあそう言うことなら仕方ないかな」
「……はぁ」
ヘーゼンは大きくため息をついた。まさしく行動原理がわからない存在だ。こちらとしては、破格級の給金を支払って、もてなしたつもりだが、全然心には響かなかったらしい。
だが、ヤンは何もせずに、ただいるだけで全てのカードを自分から切るのだから。
「では、頼む。どれくらいの調達が可能だ? 可能な限り手配したいのだが」
「うーん……まあ、5千くらいじゃないか?」
「そ、そんなにか。それは凄いな。ところで、バルファーレと言う者は何者だ?」
「さっき言った、契約魔法を逃れる時に、飲んだダチだ。俺が竜騎兵団団長になった時には副団長だった。抜けた時に『俺もやめる』って言って、竜騎の
「……仮に、横流しした時に、彼が砂国ルビナにいられなくなるんじゃないか?」
「だから、5千ほどだろ?」
「ん?」
「あ? だから、全部連れてここに来るんだろ?」
!?
「バルファーレって男がここに来るってことか? その約束をすでにしたってことか?」
「いやいや。さっきまで忘れてたのに、どうやって連絡を取るんだよ。そもそも、ヤツとは数年は連絡してない」
「えっ……じゃ、どう言う……」
「だって、竜騎なんざ横流ししたら死刑だろ? だったら抜けるしかないじゃねぇか。まさか、『そんな場所ない』なんて言わないよな?」
「……っ」
ヘーゼンもエマもあんぐりと口を開けるが、ヤンはクリクリとした瞳で呆れ顔を浮かべる。
勝手にバルファーレと言う男の脱国まで決めてしまって、本当に大丈夫なんだろうか。
「こう言う人なんですよ。ぜーんぶ、感覚で生きてるんです」
「……さすがに、信じられないんだが」
「目の前に信じられないの塊がいるんですから、めちゃくちゃ普通ですよ」
「……っ」
な、なんて失礼な小娘だろうか。流石に、こんな適当な男と一緒にしないで欲しいと、ヘーゼンは心の中で愚痴る。
「でも、よかったですね! ラシードのさんの許可ももらえて」
「……」
にぱーっと、笑顔を浮かべるヤンの瞳を、ヘーゼンはジッと見つめる。
「なんですか?」
「……いや」
一番危険なのは、この少女かもしれない。
ヘーゼンはふと抱いたその想いを、言わずに心の奥にしまった。
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