ラシード(1)


           *


 竜騎は、大陸の最北西に生息する魔獣である。大地を高速で移動する小型の竜で、その速度は馬の倍ほど。24時間休憩なしで走り、その跳躍力は十メートルを超える。


 目下、砂国さこくルバナという国が竜騎兵ドラグーン団を率い、帝国の侵略に対抗して阻んでいる。ヘーゼンは、かねてから自身の私兵隊に竜騎兵ドラグーン隊を組み込みたかった。


「はぁ……そーんな危ないことを言っていると、目をつけられるわよ」


 エマが腰に手を当てながらため息をつく。当然だが、あらゆる竜騎の情報は砂国ルバナで厳重に管理されている。簡単に持ち出せる類のものでもないし、できれば敵対したくもない。


「……確かに、戦いたくない相手だな」

「あなたでもそう思うのね」

「ああ。一度見たが、あれはとんでもないな」


 あの圧倒的な機動力は脅威だ。加えて、竜騎兵ドラグーンの質の高さは帝国の比ではない。それを数十万も編成できるというのだから、恐れ入る。


 そんな軍勢は喉から手が出るほど欲しいのだが、目下、大陸で竜騎が生息しているのは砂国ルバナだけだ。


 一説によると、竜騎が気候変化に弱いためだとされているが、真相は彼の国に覆い隠されている。


 現在、『大国』に数えられているほど国力を有するのは12国。砂国ルビナは、その中で最も国土が小さいながら、竜騎兵ドラグーン団によって国力上位に数えられるほどのものだ。


竜騎兵ドラグーン団の秘密を探るには、ラシードが滞在している今しかないんだがなぁ」


 ヘーゼンは思考を巡らしながら、小さくため息をつくと、エマが怪訝な表情を浮かべる。


「ら、ラシード?」

「うん……」

「……」

「……」


 !?


「えっ!? あ、あの元竜騎兵ドラグーン団の歴代最年少団長の!?」

「ああ、ヤンの護衛として雇った。今も食客として滞在してもらってる」

「し、信じられない。本物?」

「ああ。間違いない」


 イリス連合国との戦では、ほぼ空気と化していたが、ヘーゼンとしては別に構わなかった。結果的にヤンは死んでいない。


 ということは、仕事を果たしたということだ。


 大将軍グライド将軍と雌雄を決する場で、ヘーゼンは隠密魔法を使用して潜んでいたのだが、それに気づいていたのが、恐らくラシードだけだった。


 だからこそ、ヤンが危険に晒された時も、褐色肌の剣士は助けに行くそぶりも見せなかった。できれば、実力を見たかったというのが本音だが、逆にヘーゼンの方が焦れて出ていってしまった。


「ヤンの護衛につかせれば、油断してポロッと話すんじゃないかと密かな期待をしていたが」

「そんな簡単にいくわけないでしょう?」」

「……まあ、そうだよなぁ」


 ヘーゼンとしてもダメ元での策だ。竜騎は秘匿性が非常に高く、その飼育方法は一切外部に漏れていない。


 だから、砂国ルビナ出身の飼育者ブリーダーが必要なのだが、魔杖よりもガチガチに契約魔法で縛られている。


「知ってますよ、飼育方法」

「……」

「……」


         ・・・


「「え゛っ」」


 いつの間にか隣にいたヤンに、二人が物凄い声を上げる。加えて、エマは急激に大人になった少女に対し、目を疑う。


「も、も、もしかして……ヤン……ちゃん?」

「えへへ。大きくなったでしょ?」


 黒髪の少女がクルリと回って笑顔を浮かべる。


「そ、そんなことよりも、ヤン。君は、竜騎の飼育方法を知っているのか?」

「知ってますよ。だって、ずっと一緒にいましたもん。酔っ払って、聞いてもないのにベラベラと話してました」


 し、信じられない。


「なんでそれを早く言わないんだ!?」

「聞いてこなかったじゃないですか」

「……っ」


 ヘーゼンは思わず、その場でうな垂れる。そう言えば、ヤンだった。この少女は自分と違い、明確な目的があって生活してる訳でもない。


「と、とにかく早く教えてくれ」

「別にいいですけど、教えてもいいかどうかラシードさんに聞いてもいいですか?」

「……許可がいる類の契約魔法を結んだのか?」

「違いますよ。大切な情報なんだったら悪いじゃないですか。すーって、すぐに悪用するし」

「くっ。それ、どうしてもしなきゃダメか?」

「はい」

「……」


 ヘーゼンはしばし考える。この小娘の情緒など、はっきり言ってどうでもいいが、ラシードの機嫌を損なうのは非常によくない。金で雇える大将軍級の傭兵など、喉から手が出るほど欲しい人材だ。


「わ、わかった。では、今から行こう」


 ヘーゼンは足早に、ラシードがいつも飲んでいる酒場へと向かう。


 到着すると、褐色の剣士はすでに出来上がっていた。


「おお、ヤン。なんか、お前……でかくなったか?」

「大きくなったんですよ、実際に」

「そうかそうか……わはははっ!」

「……」


 相当にクラド地区特産の酒が気に入っているらしい。グビグビと、結構、酔っ払ってる。ヘーゼンは大きくため息をつき尋ねる。


「竜騎の育成方法を教えて欲しい」

「あー? 竜騎か……懐かしいな。だが、砂国ルビナの秘匿情報だ。そう簡単にはなぁ」

「……」


 すでに、ヤンに話したことを忘れているのだろうか。褐色の剣士は、フッと笑みを浮かべながらつぶやく。隣を見ると、黒髪の少女は呆れ果てたような表情を浮かべている。


「まあ……無理にとは言わないが、礼は弾むぞ。今回の褒賞は非常に期待ができる」


 できればラシードの機嫌を損ねたくはない。なるべく、契約魔法という形で、公式に勝ち取りたい。


 話を聞くと、この魔獣は数年足らずのうちに成獣化して、そこから10年以上は生きると言う。完全なる馬の上位互換で、喉から手が出るほど欲しい。


「いくつ欲しいんだ?」

「3千騎」

「……ククッ。砂国ルビナと帝国の戦になるかもしれないぞ?」


 ラシードはジッとヘーゼンの瞳を見る。


「なんとか砂国と同盟関係を結べないかと思っている」

「それは帝国と、と言うことか?」

「いや。ヘーゼン=ハイム、個人とだ」


 帝国と砂国ルビナとの仲が悪いことは知っている。だが、帝国人でも何人かは付き合いがある者はいると言う。今回は、それを狙いたい。


 だが、ラシードはキッパリと首を振る。


「残念ながら、教えられないな。いくら金を積まれても、ダメだな。今まで誰にも教えたことはないし、これからも、絶対に口を割る気はない」

「……」

「……」
























「ねっ? 適当なアル中なんですよ」

「……っ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る