経営状況(2)
*
「はっ……くっ……」
通称『奴隷牧場』に足を踏み入れたラスベルは、ガクガクと足を震わせていた。立ち並ぶ多数の長屋。細かく仕切られている部屋の狭さ。
めちゃくちゃ非合法。
ザッと見て、2千人規模の奴隷が存在している。帝国法で、『土地に対しての奴隷の数』は厳格に定められている。
と言うか、絶対に違法。
てっきり、十数人規模の想定をしていた(それでも下級貴族ではかなり多い規模なので、相当にグレー)が、まさか100倍を軽く超えくるのは開いた口が塞がらない。
加えて。
「歓楽街に関して、私は関与しませんよ」
「僕も基本的にはしない。モズコールに任せている。その手の知見に関して乏しいからな」
「はぁ……それがやり過ぎないか不安というか、今度はどうやって隠すんですか?」
「契約魔法で縛る会員制にする。モズコール曰く、欲求に耐えられずに入る変た……会員は多くいるそうだ」
「……っ」
これも、もちろん違法。違法違法違法と言えばキリがないほどの会話を師匠と姉弟子が、ガッツリと繰り広げている。
ラスベルは、名門中の名門貴族の令嬢である。必然的に、法と言うものを遵守して生きて来た。そして、これからもそうであるべきだと思っていた。
「あ、あの……ちなみに帝国に対して、申請は?」
「ああ、なにもしてないよ」
「ぐっ」
当然、闇市も歓楽街も帝国では……いや、どの国でも禁止されているし、奴隷に関しても正式な申請をしないと持つことはできない。
「それなら、非合法ってことになりますよね?」
「いや。歓楽街、闇市、奴隷の定義を曖昧にすれば、勝てると思う。と言うか、勝つ」
「……っ」
超インテリ犯罪者の言い分。インターンとしてヘーゼンの元へ来て2ヶ月。気がつけば、戦争で自らの手を血で染めただけでなく、犯罪で手を染めて真っ黒黒だ。
「まあ、僕の階級や爵位がもう少し高ければ、皇族や上級貴族のようにもっと上手くやれるんだろうけど、中々ね」
!?
「そ、その言い分は看過できません」
ラスベル自身、上級貴族である。だが、彼女の両親は尊敬すべき人格であり、当然、そのような行為には関わり合いがない。
だが、ヘーゼンは首を横に振る。
「何も君たちの親がそうしていると言っている訳ではない。実際、君のような育ち方を見ていると、非常に理性的で真っ当なご両親なのだろうな」
「そ、そうですよ」
「だが、それは極少数のレアケースでほとんどいない。公然と法律を自分たちの都合で捻じ曲げ、己の利益に誘導している輩もいると言うことさ」
「……」
それが多数派であることは信じられない。と言うより、信じたくない。ラスベル自身、政治とは無縁な生活を送ってきた。ひたすらに魔法の修練を行ってきて、社交などもほとんど行っていないからだ。
他の貴族より、世間知らずであることは否定しない。
だが、生まれてきて、これまで接して来た世界のほとんどは上級貴族の面々だった。それだって、紛れもない目に見える事実で、いい人たちも多かった。
だが、ヘーゼンはハッキリと首を横に振る。
「いい人だからと言って、手を汚していない訳ではない。富裕層であればあるほど、知識がある。コネもツテもある。可能な限り、節約をしたいと考える。家族に楽をさせたいと考える。子々孫々が繁栄できるよう考える。であれば、法の抜け道を上手いようにしようと考える。自然なことだ」
「……」
黒髪の魔法使いは、ラスベルの心を読みとったように答える。
「君も帝国将官になればわかる。僕も、将官になるまでは、ここまで腐敗が酷いとは思っていなかった。ひと通り目を通したが、今の帝国法など守る価値がないゴミ屑だ」
「……っ」
ヘーゼンはキッパリと言い切る。
「ラスベル。何かを変えようとすると言うことは、辛い現実も直視しなければいけない。多分、君には物凄く辛いことだろう」
「……」
恐らく、ヘーゼンは事実を言っている。この人は、残酷で冷酷だが、誤魔化さない。
このまま、彼とともに進めば、自分の周囲で優しくしてくれた大半の人々を、敵に回すような生き方をしないといけないのだろう。
「……」
しばらくの沈黙を経て。ラスベルは1つだけ。ヘーゼンに質問をした。
「……
「ある意味では賛成で、ある意味では反対だな」
「……」
元々、ラスベル自身は奴隷制度には反対の立場だ。それについては、だいぶ論文も書いたし将来的には『奴隷制度の撤廃に尽力したいな』という野心もあった。
何より、子どもの頃に奴隷の乳母に育てられた経験が大きいのかもしれない。彼女はよく働き、凄く優しく、素晴らしい人であった。親のように慕っていた。
ラスベルの家で酷い扱いをしたと言うことも決してないが、それでも彼女に『奴隷』という垣根が取り払われることはなかった。
だが、ヘーゼンは淡々と自身の考えを説明する。
「今の奴隷制度には大いに問題があると思っている。特定の民族。戦争に負けた国家の民。奴隷ギルドからの斡旋も横行しているからな」
「……その通りです」
「だが、例えば、重い犯罪を犯した者たちについては、借金で強制的に奴隷にされた者は、有効活用すべきだと考えている。ここにいる者たちは、全てそのケースに当たるな」
「……」
「そもそも、『奴隷は必要か?』と問われれば、『今は必要だ』と僕は答えるな」
「……それを無くしたいと思うのは、駄目ですか?」
人は誰しも奴隷になどなりたくないものだ。自分に置き換えると嫌なことを他人に強いることは駄目なことだ。
乳母の彼女だって、奴隷と言う烙印を押されたのは非常に無念だっただろう。こんな簡単な理屈が、なぜ通らないのだろうと、子ども心に思ったことがある。
だが、ヘーゼンは、やはり、首を横に振る。
「それは、傲慢だ」
「……」
「人は一度手にした楽な道具を簡単には捨てられない。奴隷は皇族、貴族、富裕商人の労働力として代替の効かないものになっている。それを、一気に覆すことほどの力が僕にだってないし……皇帝にだってない」
「……私にもありません」
ラスベルは力なく項垂れる。学生時代の頃に夢想していた理屈が、ことごとく打ち砕かれる。知れば知るほど、重たい現実が重たくのしかかってくる。
「力なき理想を語る者……それを人は偽善者と呼ぶ」
「……」
でも。
それでも。
「……はぁ。やはり、君もヤンに似ているな。甘ったるく、現実を直視せず、理想に囚われている……まあ、現実に絶望し、あきらめ、染まってしまう者よりは遥かにマシだが」
「……」
ヘーゼンは少し呆れたように、下を向くラスベルの頭をなでる。
「幸福と不幸は天秤のようなものだ。誰かが、幸福になれば、誰かが不幸になる。それは世界の普遍的な事実だ」
「……」
「だが、バランスを変えることはできるかもしれない」
その言葉に、ラスベルが上を向く。
「この世の中には、犯罪者は腐るほど跋扈している。それらを軒並み捕まえることができれば、奴隷として連行されるはずの民族、敗戦国の人々や奴隷ギルドで斡旋された者が奴隷になる比率が減るかもしれない」
「……」
「借金で奴隷にされた者に対しても同じだ。強制的に働く場所と、最低限の衣・食・住、比較的高い給料は準備する。借金を返し終えた者は自由にするよう、ヤンに整備させている」
「……」
「何事も段階がある。このクラド地区をモデルケースにして、上手くいけば帝国の法自体を変えてみせる。ラスベル……君がそれでもなんとかしたいなら、あとは君がやればいい」
「……」
説明を終えたヘーゼンは、『まあ、僕はそれ以上をやる必要はないと思うがね』と言い捨て、そのまま前へと歩き続けた。
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