椅子
「あっ、ふっふっふぐぅ! ふぐぅ!」
「うるさいぞクソ豚!」
「あ、申し訳ございません」
ひと通り、拷問を喰らったブギョーナは、その後、強制的に回復させられ、エヴィルダース皇太子の肉椅子と化していた。
だが、未だ繰り広げれている状況が信じられない。
陣営での話題はヘーゼン=ハイム、ヘーゼン=ハイム、ヘーゼン=ハイムの一色である。ひと通り情報が共有され詳細を聞いたが、それでも、現実に起こった出来事だとは思えない。
あの、ヘーゼン=ハイムが勝った?
極弱小国のノクタール国が、イリス連合国に? そんなの、絶対にあり得ない。天地がひっくり返っても、絶対に。
だが、そんなブギョーナの想いも虚しく、話はその前提で進んでいく。秘書官のアウラは、陣営の秘書官たちに淡々と説明を始める。
「信じられないのも無理はありませんが。いち早く対処せねば、他派閥につけ入る隙を与えることになる」
「……っ」
筆頭秘書官のグラッセを差し置いて場を仕切り始めることに、肉椅子のブギョーナは、焼け付くような嫉妬を感じる。
この若造が。
常に場を仕切っていたのは最古参のグラッセ、不在ならば自分だった。それが、派閥に入って10年も経過していない、○○毛が生えて間もないベイビーのような若象が。
まだ、周囲に混沌が残っている中、エヴィルダース皇太子が口を開く。
「幸いにも、このアウラ秘書官が先を読み、ノクタール国との同盟破棄を行わなかった。まったく、驚愕すべき先見性だ」
エヴィルダース皇太子は手放しで褒め称える。一方で、筆頭秘書官のグラッセが苦々しい表情を浮かべる。
「いえ。私などは」
「そう謙遜をするな。さすがは、
「……っ」
まずい。まずいまずいまずい。これほどの賞賛は、過去数回レベルだ。今回、エヴィルダース皇太子は相当な危機感を持ち、アウラ秘書官に対して恩義を感じてしまっている。
『片腕』と評することの意味。それは、少なくとも、明確にNo.2の座が約束されたと言うことだ。それを、派閥の秘書官が見ていることで、権力が動く。
こんなことあるべきではない。
あり得べきではない。
「あ、まだ安心するのは早計かと。何よりも皇帝の不信を取り除かなくては」
すかさず、プギョーナが口を挟む。この男だけを目立たせてはいけない。グラッセはともかく、この新参者だけは、筆頭秘書官にさせてはならない。
だが。
その言葉に呼応する言葉が続かずに、痛いほどの沈黙がその場を支配する。
「あ、あれ……」
当然、筆頭秘書官のグラッセもこの状況は面白くないはずだ。第3秘書官も、第4秘書官も、隙を狙っていたはずだ。
この差し込みは、絶妙なものであったはずだ。
だが、周囲の視線が自分ではなく、エヴィルダース皇太子に向いていた。ブギョーナは非常に嫌な予感がしながらも、恐る恐る上を見る。
そこには、悪魔のような形相を浮かべた皇太子の顔があった。
「……おい、豚? 貴様は肉椅子の役割すらできないのか?」
「……っ」
プギョーナはエヴィルダース皇太子に顎を思いきり掴まれる。
「あ……あううっ」
「貴様が人語を話すな。話していいのは今後豚語だけだ」
「あ、ぶっひいいいぃ(ぐ、ぐるじいいいぃ)」
豚語で悶えるブギョーナは、肉椅子の腹をブルンブルンと震わせる。一方で、アウラは小さくため息をつき、淡々と話を続ける。
「それよりも、今後の立ち回りは慎重に考えねばなりません。まずは、ヘーゼン=ハイムの処遇。ドネア家と深い繋がりのある彼が、我が陣営に牙を向くと非常に厄介な存在になります」
「その件だが、なんとか取り込めないのか? アウラ秘書官は、それなりの繋がりがあるのだろう?」
エヴィルダース皇太子が尋ねる。
「残念ながら、難しいです。先日の左遷に加え、内々とは言え同盟破棄さえ一方的に行ったのです。それで、もって我が陣営に囲うなど、決して了承しないでしょう」
「……ううむ。しかし、惜しいな。どこかの豚のせいで、大将軍級を逃した」
「あ、ぶ、ぶひぃ(そ、そんなぁ)」
プギョーナは豚語で鼻を鳴らす。
「同時にヘーゼン=ハイムは賢い男です。次期皇帝の座に一番近いエヴィルダース皇太子と対立する気はないでしょう。交渉は可能かと思います」
「……頼めるか、アウラ秘書官?」
「お任せください」
「……っ」
プギョーナは、恨めしそうに若さと気概に溢れた有能秘書官を見つめる。本来であれば、自分がその席だった。ヘーゼン=ハイムを最初に誘ったのも自分だ。目をつけたのも。
なのに、なぜ、アイツが。
「他に派遣した我が陣営の将官たちの昇進も考えねばなりません。彼らの階級を1段階、爵位を3階級上げましょう。それが、基本ベースです」
「……っ」
こんのガキ。派閥トップの聖域である褒賞、昇格にまで口を出すか。ブギョーナが燃えるような目つきでエヴィルダース皇太子を睨むが、当の本人は考え込みながらつぶやく。
「……そうなると、ヘーゼン=ハイムの階級をどうするかだが」
「階級を大きく上げることは危険です。あくまで、爵位、褒賞金に特化して人事院に示唆するべきです」
「……アウラ秘書官はどのくらいを考えている?」
「階級は少佐待遇。爵位は上級貴族の最下層『全流』でどうでしょうか?」
「……っ」
下級貴族の下層から一気に上級貴族に?
そんな昇格の仕方など聞いたことがない。爵位は全部で40あり、下級貴族の『経略』から『全流』となるには15段階の昇格になる。
貴族の爵位は生涯で一位上がれば上出来と言われている。そんな中で15段階は史上類を見ないのではないだろうか。
だが、エヴィルダース皇太子は複雑そうな表情を浮かべる。
「1階級の昇格で周囲と本人が納得するか?」
「当然ですが破格の褒賞を与えます。それに、下級貴族と上級貴族では天と地ほど扱いが異なる」
「……」
「仮に相応の階級を上げようとすれば、最低でも4段階……少将級まで引き上げる必要があります。とにかく、ヘーゼン=ハイムは危険です。大尉級の権限であれだけの功績を叩き出したのですから、そこまでの権限を持たせるのは非常に危険です」
「……わかるが、ヘーゼン=ハイム単独で土地と財と兵を持たせ過ぎるのも危険では?」
エヴィルダース皇太子は考え込みながら尋ねる。
「地方におけば危険ですが、中央の土地であれば他勢力と結託もできないでしょう。そして、エヴィルダース皇太子殿下が皇帝になれば、彼は強大な武器になります」
「クク……なるほどな、わかった。すべて任せる」
アウラの自信を持った答えにエヴィルダース皇太子は満足そうに頷く。
派閥会合が終わり、アウラがいち早く退出しようとした時、エヴィルダース皇太子が思い出したように尋ねる。
「あ、あとヘーゼン=ハイムに会ったら聞いておいて欲しいことがある」
「……なんでしょうか?」
「豚肉は好きか? と」
「ぶひょ!?」
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