目覚め(2)


        *

        *

        *


 ヤンが目を開いた時、そこはベッドの上だった。どこかで見覚えのある天井だった。頭が少しボーッとしている。心なしか、身体が少しだけ重たい。


 上半身だけ起き上がると、ラスベルの可愛く小さな顔が飛び込んできた。あまり強くない力で、でも、少しだけ強い力で、ギュッとヤンの身体を抱きしめる。


「あれ? なんで泣いてるんですか?」

「もう! この子は! 心配させて!」

「……」


 怒ったような、安堵したような表情を浮かべている。なんか、姉がいたら、こんな感じなんだろうなと思った。本当に心の優しい人なんだろう……もちろん、ヘーゼンなんかとは違って。


 よし、これからラスベルを本物の姉としようとヤンは勝手に呑気に決めた。


 周囲を見渡すと、そこにヘーゼンもいた。相変わらず、『心配など皆無』と言いたげなほど、淡々と可愛げゼロの表情で本を読んでいる。


 だけど……なんだろう。その光景に、もの凄く違和感がある。


「な、なんか、すー。小さくなりました?」

「違う、君が大きくなったんだ」

「えっ!?」


 すぐさまベットから起き上がって、鏡を見る。すると、そこに幼児体型の自分はいなかった。背が大きくなって成長していた自分がいた。


「はわっ……はわわわわっ」


 すぐさま、ヤンは身体のあちこちを触って確かめる。顔、腕、足……さまざまなところをまさぐる。


 そして……


 シャツの襟をギューンと伸ばし、も覗き込む。


「む、胸も大きくなってる」

「なってないぞ。身長は大きくなってるが」

「……っ」


 な、なんて失礼なクソ師匠なのか。


 なってるもん。


 そんな心の主張など知る由もなく、パタンと本を閉じたヘーゼンは、淡々と経緯の説明を始める。


「君の魔力暴走は非常に厄介だったが、なんとか抑え込んだ」

「あっ! すーが私に螺旋ノ理らせんのことわりを勝手に飲ませて……あれ?」


 確か、グライド将軍と戦って、ヘーゼンが勝って……だが、肝心の戦闘の記憶を覚えていない。まるで、霧がかかったかのように。


「ヤンも? 実は、私もなの」


 ラスベルも同じような表情を浮かべている。ヤンはジト目で、黒髪の魔法使いを見る。


「……すー、なんかやりましたよね?」

「なんのことか、まったくわからないな」

「……っ」


 ニッコリ。


 なんて、爽やかな顔で嘘をつく悪魔だろうか。


「しかし、君は本当に運がいい。魔力暴走が発生するとその魔力に身体が耐えられずに絶命するのだが、僕がいたことで上手くその魔力を発散させることができた」

「魔力が外に出たっちゃったってことですか?」

「いや、本当はそうするつもりだったんだが、幸運にも螺旋ノ理らせんのことわりがあったからな。そこに入れた」

「こ、幸運と言うか! 勝手に強制的に有無を言わさずに口に入れたんじゃないですか!?」

「嫌って言わなかったじゃん」

「……っ」


 大人ガビーン。


 そもそも、聞いてないじゃん。


「あっ! ところで! イリス連合国との戦はどうなったんですか!?」

「終わったよ。君がスヤスヤと眠っている間に」

「くっ……」


 性格最悪。寝ても覚めても、どこでも、常時底意地の悪さが消えないのは、ある意味凄いと思う。早速噛みついてやりたかったが、それよりも戦争の行方が気にかかった。


「勝ったんですか?」

「ああ。新ノクタール国の体制は、トマス大臣と軍師のシュレイを中心に進めてくれているから、君は別に心配しなくていい」

「えっ! 私、なにもやらなくていいんですか?」

「ああ。大将軍グライドの代わりには、ギザールを期間限定で貸し出す予定だ」

「な、なるほど……悔しいけど、適任ですね。でも、体制も大きく変わるから大変でしょう?」


 イリス連合国が滅亡したと言うことは、臣下と民衆の動揺も凄まじいだろう。特に政務において、トマス大臣の泣き叫んでいる光景が目に浮かぶようだ。


「僕の目的は達した。後のノクタール国がどうなるかまでは、僕には関係のないことだ」

「ど、ドライなことこの上ないですね」


 そう悪態をつきながらも、ヤンは一人で納得する。ヘーゼン=ハイムは劇薬だ。数日でも一緒にいれば、その圧倒的な存在感でジオス王の存在感が霞んでしまう。だからこそ、建国と同時に身を引いたのだろうと推察する。


 全然可愛くない照れ隠しだ。


「それよりも、ヤン。さっさと起きてくれ。時間があまりないんだ」

「じ、時間がない?」


 さすがに休みはもらえるだろうと思っていたヤンは怪訝な表情を浮かべる。イリス連合国の時も、遡れば、その前も。その前の前の前も。結構、ほぼ一日中。常時大変だった。


 少しくらいは休みがあったってバチは当たらない。


 そんなことを涙目を交えて訴えると、ヘーゼンはもっともらしく頷く。


「確かに、君の貢献度は半端ではない。僕も悪魔じゃないから、イリス連合国との戦が終われば、10日ほど休みを与える気ではいた」

「ほ、本当に!? 本当ですか? 本当ですよね?」

「ああ。僕は嘘をつかない」

「よ、よくも堂々とそんな嘘を……まあ、いいや。ラスベル姉様。旅行行きましょう、旅行。私の生まれ育った故郷を案内しまーー」

「何を言っている?」


 ヘーゼンは呆れたようにヤンの頭をグリグリとする。


「なんですか!? ラスベル姉様だって、当然10日くらいは休暇くれるんですよね? ないなんて、あんまりですよ」

「ないのは、

「……」

「……ん?」


 ヤンは意味がわからず聞き返す。





























「10日間、寝てたから、休暇終わり」

「……っ」








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