玉座の間
数日後、ジオス王が主城カルキレイズ城に到着した。玉座の間入ると、『諸侯』という形ばかりの名誉職に就任した元諸王たちが、ひざまずきながら出迎える。
そんな中。玉座の隣に立っていたヘーゼンが、笑顔で出迎える。
「お待ちしておりました」
「……驚いた。本当に諸王が屈したのだな」
完全なる土下座。数人、なぜか肌から複数の花が露出している者がいるが(深くは聞かないようにした)、完璧なまでの土下座である。
「今後の統治を考えれば、処刑よりも取り込んだ方が適当かと考えました。まあ、それでも多少の抵抗勢力はあるかと思いますが」
「……当面の統治はどうする?」
「諸侯を人質にして、体制を整えるべきかと。まずは、彼らの息子に統治権を踏襲させ、反乱を起こさせないようにするのがいいと思います」
「なるほど」
ジオス王は玉座に座りながら、諸侯たちを眺める。ヘーゼン=ハイムによって、彼らは己の立ち位置を思い知らされたのだろう。震えながら怯えている。
「シガー侯とアウヌクラス侯の2人がいないな」
「彼らは侯ではありません。国民を置いて逃げ去った卑怯者ですので」
「……」
「こちらの侵略の正当性を主張するならば、愚王に仕立てる必要がある。処刑するよりは、この演出が効果的だと考えました」
「……わかった」
すでに、民衆にも根回し済みなのだろう。確かに全面的に屈服させるよりは、愚王のみを排除した方が抵抗感は低い。
「彼らの処遇は?」
「すでに、有効活用するよう考えさせてます」
「……」
少しだけ。少しだけ、ジオス王はその二人に同情した。しかし、ヘーゼンはそんなことは毛ほども気にせずに話を続ける。
「さて。では、陛下に最初の提言させて頂きます」
「……聞こう」
「イリス連合国という屋号はもう不要です。諸王もすでに諸侯となった。すぐさま、国名をノクタール国に変更。そして、諸国を領に変更するよう御触れを出すべきです」
「わかったが……だが、意外だな。すでに、そこは手続きを進めているものだと思っていた」
「国土の変更に伴い、イリス連合国の名も変更する必要があります。これは、代行権限で決めるわけにはいかない。幕を降ろす役はあくまで王かと」
「……」
「そして、これが私の最後の提案です」
ヘーゼンはキッパリと、そして淡々と答える。
「……そうか。帝国に戻るのだな」
ジオス王はその漆黒の目をジッと見つめる。
「はい。やるべきことはやりましたので。私がノクタール国の元帥として、するべきことは終わりました」
「……そうか」
半年も経過していないのに。十年以上もの時を過ごしたように感じるほど濃密な時間だった。ヘーゼン=ハイムと出会う前が、まるで遠い昔だったように思えるほどには。
ジオス王は、諸侯に向かって語りかける。
「聞いただろう? ヘーゼン=ハイムはここを去る。目下、筆頭大臣のトマス。大将のドグマ、軍師のシュレイを中心に政務・軍務をやりくりするつもりだが、人材が足りない」
「……」
玉座を立ち、ビスコンティ候に近づき肩を叩く。
「この若輩者に力を貸して欲しい。私には、あなた方の豊富な知識と経験が必要だ」
「……っ、はっ!」
恐縮した諸侯は、べったりと頭を地に付けひれ伏す。だが、ジオス王は優しく彼の肩を抱き上げて、笑顔を浮かべる。
「新たな人材を広く募る。ノクタール国だけで政務の中枢を据える気はない。約束しよう。有能な人材であれば、どの領であろうと等しく重用する……いい国にしよう」
「「「「「は、ははぁ……」」」」」
ヘーゼンはその様子を見つめながら、静かに礼をして颯爽と玉座の間を退出した。
*
廊下を歩きながら、先ほどの光景を思い出し、フッと笑みを浮かべる。
もはや、かつての若く未熟な青年はいない。見立て通り賢王の器だった。彼らならば、人の意見をよく聞き入れ、採用し、豊富な人材が集まってくるだろう。
諸侯の目も、怯えから敬意に変わった。ヘーゼンが追い込めるだけ追い込んだので、このまま独裁を敢行されると思い込んでいたのだろう。
効果的に彼らを引き込めば、大した混乱もなく所領を取り込めるだろう。
本当にすべきことがなくなった。
今、あの場に必要なのは、ジオス王がもたらす安寧だ。混沌を呼ぶ自分ではない。
そして。
そんな頼もしく聡明な王の元を離れ、魔窟とも呼べる天空宮殿に戻らないといけないのは、多少嫌気もさす。
だが。
これも自分の選んだ道だ。
「終わったか?」
ギザールが向かいの廊下から歩いて来て、声をかけてくる。
「ご苦労だったな。君のおかげで、安心してジオス王を任せられた」
「あー……地味な裏方は嫌だな。もっと、派手に戦いたいとこだが」
「そうか。では、新たなノクタール国の大将軍にでもなってみるか?」
「……は?」
ギザールはキョトンとしながら聞き返す。
「グライド将軍亡き今、この国ではそれに匹敵する戦力が必要だ」
単純な戦闘力は劣るが、汎用性や軍略、機転などを考慮すれば、総合力では、ギザールは十分に大将軍級だ。クシャラなどもつければ、列強国とも互角以上に渡り合えるはずだ。
「お、お前のところはいいのかよ?」
「当面は軍事に回されることもないだろう」
帝国を牛耳っているのは、エヴィルダース皇太子派閥だ。それに属さない以上、活躍の場は限られてくる。その間、この有能な人材を諜報などだけで使うのは人的な資本の無駄遣いだ。
「まあ、ジオス王が承諾すればの話だがな。僕は君を安く貸し出しする気はない」
「くっ……物の売り買いみたいに……」
ギザールは呆れながらも舌打ちをする。
「まあ、せいぜい武名を轟かせて腕を上げてくれ。僕の見立てでは、君はまだまだ伸びる」
そう言い残して、ヘーゼンは廊下を歩き始める。
「行くのか?」
ギザールが真面目な顔をして尋ねる。
「ここにいる意味も、もうないからね……っと」
「どうした?」
「あー……」
ヘーゼンはバツの悪そうな表情を浮かべ、やがて、口を開く。
「ジオス王とトマス大臣に伝えてくれ。『あの約束は、また今度にしよう』と」
そう言い残し、黒髪に魔法使いは、逃げるように立ち去った。
戦争編 完
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