行く末


 諸王たちは、こんな理不尽な満場一致を見たことがなかった。反対をすれば即死。一定数反対し続ければ、死の痛みを超えるほどの拷問。


 賛成をすること以外に選択肢などない状態で、これでも成立してしまう『満場一致』というの一体なんなのか、全力で問いかけたい気分だった。


「約定というのは、契約魔法に縛られてますからね。正式な取り交わしをするには、面倒な儀式と手続きが必要なのですよ」

「「「「「……っ」」」」」


 まるで、彼らの心を読んだかのように。へーゼンが淡々と説明し、高速で契約魔法を済ませていく。


「できました。これで、正式にジオス王がイリス連合国の盟主になりましたね」


 へーゼンはそう言って、諸王たちに向けて笑顔を浮かべる。


「「「「「……」」」」」


 果たしてジオス王が、どのような人物なのか。ヘーゼンの手腕を見ていると、独裁色が限りなく強いように思われる。果たして、そんな者から諸王としての地位が守れるだろうか。


 だが、ひとまずはこれで終わりーー


「では、として。諸王会議を継続します」


 !?


「ど、ど、どういうことだ!」


 ビスコンティ王が猛然と立ち上がると、ヘーゼンはピラピラと羊皮紙を諸王たちに見せる。


「ジオス王から全権の委任状を預かっているんですよ。そもそも、私は軍事の最高責任者ですから、占領地の統治権は有しているのですが、念には念を入れてね」

「……っ」


 まだ、続くのか。まだ、何かを決めようと言うのか。諸王たちが、慄き恐怖する様子を見せると、へーゼンはフッと屈託のない笑顔を綻ばせる。


「そんなに悲観的な顔をなさらなくても。ジオス王は非常に優秀な王ですよ? そこにいるクズよりも数千倍ね」

「……っ」


 へーゼンは、ビクンビクンと痙攣しているシガー王の顔を踏み潰す。先ほど、『賛成する』と再び口にさせてから、ビクン……ビクンとしか身体が反応しない危険な状態に陥っている。


 ジオス王云々より、コイツへーゼンの存在自体が恐怖だ。諸王たちに全く警戒心が解かれない様子を見て、ヘーゼンは小さくため息をつく。


「身の振り方はよく考えた方がいいですよ。どの道、イリス連合国は、衰退の一途を辿るべき運命でした。だが、これで生まれ変わります」

「……」


 確かにジオス王は、先代盟主ビュバリオ王に匹敵するほど勇猛な王だ。彼が盟主となれば、シガー王やアウヌクラス王よりも頼れる存在となるのは間違いがない。


「さらに、我々ノクタール国はゴレイヌ国、ゴクナ諸島、タラール族と同盟を結んでます。それらとも力を合わせれば、今よりも遥かに力をつけることができる」

「……なるほど」


 諸王の数名に、頷き始める者が出始める。そんな彼らの肩をヘーゼンはポンポンと叩く。


「誤解しないでもらいたいのですが、我々ノクタール国はイリス連合国を滅ぼしに来たのではない。そんなことをしても西の帝国、他の東北南の列強国を喜ばすだけだ」

「……」


 諸王たちの真っ青な顔色が、徐々に血色が差していく。確かに、力を合わせることで今よりも強大になることも可能だ。


 更に、ヘーゼンの力説は続く。


「我々に必要なことは、互いに国力を減らすことでなく協調なんです。かつて、先代ビュバリオ王の志を継ぎ、結束を固め、列強国に負けぬよう対抗をすることです」

「……我々の地位も保障してくれるか?」


 ビスコンティ王が恐る恐る尋ねると、ヘーゼンは力強く頷く。


「約束します。ジオス王が到着したら、すぐに働きかけましょう。今の地位、身分、財産を全て保証します」


 その答えに、諸王たちは顔を見合わせて、満足げな表情を浮かべる。


「これからは、同じイリス連合国の仲間として、共に手を携えて列強の諸国と渡り合いましょう」


 その力強い言葉に、諸王たちは大きく頷いた。敗軍の将として扱われるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。イリス連合国の形態が残れば、諸王としての身分も権利も保証される。


 何よりも、へーゼン=ハイム目の前にいる悪魔も味方になる。


「や、やりましょう! 共に手を携えれば……より強大な国へと生まれ変わる」「ジオス王……そして、ヘーゼン殿が入れば、非常に心強い」「数十万の兵を得たような心地だ」「まさしく、まさしく」


「わかって頂けて嬉しいです」


 諸王たち1人1人と、ヘーゼンはガッチリ握手を交わす。


「では、続けてイリス連合国の本軍解散の決議といきましょうか」


 パンと手を叩き、次々と進行を続ける。


 数分後、諸王たち全員の賛成を持って、イリス連合国の本軍解散の議決が決まった。彼らに不満の声は出ずに、これからのイリス連合国について熱い議論も湧いた。


 すぐさま、へーゼンは書類をまとめ、イリス連合国本軍の最短での進軍中止と解散の命を、伝書鳩デシトで正式文書を飛ばす。


「では、続けて。イリス連合国盟主の座を連合国王に格上げ。それから、諸王方を決議をとりますね」


 !?


 諸王たち全員が立ち上がり、唖然とする。


「ふざけるな! どういうことだ!?」「そんなことは聞いていないぞ!」「賛成する訳ないだろうそんなこと!」「いくらなんでも横暴過ぎる!」「できる訳ないだろうそんな暴挙!」


 口々に。不満めいた言葉が噴出するが、へーゼンは気にしない。


「き、貴様! 聞いてーー」


 それどころか。


 胸ぐらを掴みかかってきたビスコンティ王の口に、ヘーゼンは目一杯の仇花の種をぶち込む。


「グボォ! ゲホッ……ゲホッ……はぁああああああああああ、こ、これは……」


 唾液と鼻水と種を大量に吐き出しながら、ビスコンティ王は嘆きと絶望の声をあげる。


「まあ、時間はありますからね。ゆっくりと、じーっくりと、のんびーりと考えてくれればいいですよ? 仇花で悶え苦しみながら」

「そん……おまっ……なに……」


 ビスコンティ王は言葉にならなかった。ただ、ジワッと涙が出てきた。先ほどまでの高揚感と一体感はなんだったのか。あの熱い言葉は、なんだったのか。


「先ほどの言葉は……全部嘘だったのか!?」

「はい」


 !?


「な、なんでそんな嘘を」

「制限時間つきだと、人は案外拷問に耐えられるんですよ。だから、先にイリス連合国の本軍の解散をしたかった。要するに、時短。それだけです」

「……っ」


 それだけ。


 そんなことのために。


「イリス連合国の盟主の座よりも、ハードルが高いんですよね。こちらの目的も透けて見えるから、抵抗するでしょ? だから、一旦仲間になって裏切りました」


「「「「はっ……ぐっ……」」」」


 なぜ、そんなに爽やかに裏切りの告白ができるのか。ビスコンティ王は、足袖に縋りながら嘆き訴える。


「さ、最初からそのつもりだったのか!? 最初から裏切るつもりで……」

「当たり前でしょう? なんで、こんな面倒な仕組みを踏襲しないといけないんですか。いちいち、あなたたちのような無能の意見を鑑みてやるほど、我々も暇じゃないんでね」

「ふぐぅ……なんで……約束したじゃないか!?」

「まあ、しましたね」


 ヘーゼンは頷く。


「だったら……」


 そう言いかけた時。


 黒髪の青年は「でもね」と遮り。


 ビスコンティ王の髪をガン掴みして見下す。


「守るわけないだろう? お前らとの約束なんて」


「「「「「「……っ」」」」」」


「お前らは僕のオトモダチか? コンマ数秒考えればわかることだろう」

「き、き、貴様ーー痛い痛い痛いいいいいいいいっ」

「よかった。やっと種から花が生えてきたんだね。この無意味な問答からも、解放される」


 ヘーゼンは安堵したような表情を浮かべる。


 そして、激痛にのたうち回るビスコンティ王を足蹴にしながら、諸王たちに向かって、説明を始める。


「ええっと、皆さんには、諸侯というなんの権限もない名誉職についてもらいます。反対は許しません。永劫このように苦痛を浴び続けることが嫌であれば、さっさと賛成した方が身のためですね」


「「「「「……っ」」」」」





































 その日、イリス連合国は滅亡した。


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