幕間

コロシアイ


          *


「……ここはどこだ?」

「黙って降りろ!」

「ぐっ……無礼な」


 元イリス連合国盟主のシガーは、背中を雑に蹴られて馬車を降りた。目の前には、城下町の光景が広がっていた。人々の行き来が頻繁にあり、かなり賑わっているようだ。


 道には出店が多く立ち並び、店員が活発な声で呼び込みをしている。小規模ながら、経済活動が盛んに行われている。


 そんな中、看守の兵が怒鳴り声をあげて先導する。


「おい、さっさと歩け!」

「き、貴様! 私を誰だと思っている!?」

「誰でもいい! 早くしろ!」

「くっ……」


 ギュンと首縄を引っ張られ、シガーは強引に歩かされる。その後ろにも、その後ろにも、次々と首に縄が繋がれている者がついてくる。


 大方、奴隷としてここに売られたのだろう。


 首都アルツールから、馬車で揺られて十数日。どうやら、ここは帝国の領土であるらしい。住民同士の会話にも、帝国訛りがある。


 だが、誰もシガーたちには関心を示さない。


 彼らにとって、こうして連行されるのは見慣れた光景らしい。どうやら、この町を牛耳る奴隷ギルドは相当な規模と権力を持っているのだろう。


「……」


 なんとかここを抜け出さなくては、とシガーは思った。イリス連合国はすでに滅んだ。盟主としての地位も王の座も奪われ、全てを失った。それで、一時は落ち込んだりもした。


 だが、自分は未だ若い。


 アウヌクラス老い先短いクソジジイとは違い、人生は長い。確かに地位は失ったが、自分には先代王ビュバリオから引き継いだ魔力と隠し財産がある。それさえあれば、十分に再起は可能だ。


「……」


 シガーは自分の後ろにいる者たちの顔を眺める。どいつもこいつも、醜く汚らしい。自分がこのようなクズどもと同列に扱われるだけで吐き気を覚える。


 しばらく歩くと、大きな長屋が見えてきた。


「ほら、お前たちの住まいだ」

「……っ」


 狭い。やっと一人が寝転べるだけのスペースしかない。建物の造りはしっかりしているのは、逃亡防止用か。だが、今は我慢するしかない。


 だが、シガー王が中に入ろうとすると、連行してきた男が縄を引っ張って止める。ギチッと首が締めつけられて思わず咽せる。


「ぐっ……ゴホッゴホッ!」

「お前は、ここじゃない。貴様は別の持ち場だ」


          ・・・


 縄を引っ張られて連れてこられた先は、地下牢だった。先ほどよりは、少し広いか。2人分が寝転ぶスペースほどの大きさだ。


 だが、周囲の壁はより頑丈で、鉄格子も張られている。なんとか逃げだせる隙を探すが、残念ながら初見ではわからなかった。


「……っ」


 だが。


 それよりも気になったこと。そこには、同じく収監された者がいた。その老人は、一目でわかった。その長く白い顎鬚。垂れ下がった頬に皺が重なった不快な目つき。


 紛れもなくアウヌクラスだった。


「な、なんで貴様がここに!?」

「そ、それはこちらの台詞だ! なんで貴様がっ!」

「おい! さっさと入れ!」

「くっ……」


 看守の兵に背中を蹴り飛ばされ、檻の中へと入れられる。目の前には、アウヌクラスが酷い目つきで睨んでくる。シガーは負けじと睨み返す。


「んだよ? こっち見んな気持ち悪ぃ。殺すぞ」

「……ククッ」


 やがて、老人は意味深な笑みを浮かべた。


「な、何がおかしいんだ!? 殺すぞ!」

「クックククク……なんだ、貴様も堕ちたか」

「くっ……」

「本当に無能で哀れすぎるな」

「……っ」


 この老害ジジイ。相変わらずのクズだ。こいつのせいだ。全部コイツのせいで、自分はこんな境遇になっていると言うのに。


「こっちの台詞だ! 貴様だって同じ境遇じゃねえか!?」

「ワシは老い先短い身じゃ。いつ死んだって惜しくはない。貴様はあと何十年も、この薄暗い牢獄で奴隷として過ごすことになるんじゃろ?」

「ふ、ふざけるな! こんなところすぐに抜け出してやる!」

「ククク……無理無理。貴様のような無能には到底抜けられんよ。そして、万が一逃げようとすれば、ワシが一番に通報してやる」

「てめぇ……本当に殺すぞ!」


 シガーが、アウヌクラスの胸ぐらを掴む。


「はぁ……本当にミジンコ並みの知能しかないのぉ。情けなくて、ビュバリオのやつもさぞや無念じゃろうな」

「ち、ち、ちち……父親のことは言うな!」


 バキッ。


 思いきり拳を叩きつけ、壁に吹き飛ばす。唇から出た血を拭いながら、アウヌクラスが猛然とシガーの胸ぐらに掴みかかる。


「こんの低脳ゴミ! 何をするかぁ!」


 バキッ。


 負けじと殴り返し、今度はシガーが壁に叩きつけられる。


「ガハッ。こんの老害ジジイ! ぶっ殺す!」

「殺すはこちらの台詞じゃ! 殺してやる」


 互いに掴み掛かって取っ組み合いの喧嘩を始めた時。


「殺す! 殺してやる!」「ふざけるな! その前に貴様を殺す! 殺してやる!」「お前みたいな腐れジジイに殺されるか! その前に殺してやる!」「貴様みたいな無能小童に殺されるか! ワシがその前に殺してやる」「殺す! 殺す殺す殺す殺す!」「殺す殺す殺す殺す殺す」


 シガーもアウヌクラスも、互いに肌をかきむしって、殴り合いを始める。それこそ、互いの全力で、身体を投げ打って、全身全霊で。


 だが。


「そこまでだ」


 大きな声が、もみくちゃになっている2人を制止した。螺旋階段から降りる足音がドンドン近づいてきて、やがて部屋の扉が開く。


 入ってきた1人は、ヘーゼン=ハイムだった。


「……っ」


 シガーもアウヌクラスも、その場で動きを停止する。どう応対すればいいのかがわからなかった。本来であれば、遜って、媚びて、許しを乞うべきだが、隣にいる憎き男の手前、動くに動けない。


 そんな中。ヘーゼンが隣にいる男に向かって声をかける。


「本当に成功するのか? にわかには信じられないが」

「お任せください、ご主人様」


 暗闇で顔が見えないが、男の声には自信に溢れていた。


「ならば、任す」


 そう言い残し、ヘーゼンはその場から去って行く。その場に残ったもう一人の男は、興味深そうにシガーとアウヌクラスに顔を近づける。


「初めまして。私は、あなたたちの主人であるモズコールと言います」


 









 




































 これから、あなたたちには愛し合っていただきます。

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