アイノカタチ


 モズコールと名乗った男は、見たところ普通の中年だった。一見すると、極めて常識的な紳士。いかにも温厚そうな雰囲気だ。


 だが、至って意味がわからない。


 この男は、いったい、何を口走っているのだ。シガーもアウヌクラスも、このモズコールという男の真意が、まったく読み取れなかった。


「あ、あの『愛し合う』と言うのは、ど、どういう意味……ですかな?」


 アウヌクラスが、恐る恐る尋ねる。

 

「その質問……深いですなぁ」


 モズコールと名乗った男は、左手の指と右手の指を合わせてハートマークを型取り、満面の笑顔を浮かべる。


「……っ」


 2人は、本能的にこの男の危険性を感じとった。


「私のような未熟者が『愛し合う』という言葉を使うのは、甚だ無謀だと言わざるを得ませんが、あえて! あえて、あなたたちには挑戦をして頂きたい!」

「……っ」


 なんだ、この男の無駄に熱い台詞は。距離感が猛烈に近い。格子越しにも関わらず、グイグイと訳の分からない圧力で攻め立ててくる。


「なんなんだ! いったい、何を言っているのか理解できん!」

「いい加減にしろ! さっきから訳のわからない妄言を! いったい、何をさせようと言うのだ!?」

「要するにS◯Xですな」


 !?


「……っ」


 どストレート。


 ド直球に、卑猥な言葉を言い放ってきた。


「すいません、直接的な性表現パフォーマンスを私は嫌う傾向にありますので、つい、期待を込めてオブラートかつロマンティックな言葉を使用しました。謹んでお詫びいたします」

「……っ」


 ぜ、全然謹めていない。


「ふざけるな! 我々は、男同士だぞ!?」


 猛烈な怒りが籠った指摘に対し、モズコールはさも当然のように首を振る。


「性交渉において、性別などなんの障害にもなりません。互いに想いさえあれば、むしろ燃え(萌え)要素でしかない」

「……っ」


 こいつは、さっきから、いったい何を言っているのだ。想いなど、あるわけがない。現に、さっきまで、心の底から殺し合っていたのに。


「私は! こいつを殺したいほど憎んでいるのだぞ!? いや、むしろこの世で一番嫌いだ。こいつのせいで私の人生は滅茶苦茶になったんだ!」

「それは、こちらの台詞だ! なあ、頼むからコイツを殺してくれ! こいつを殺せるのなら、俺はもう死んだって構わない」

「……」


 互いに口汚く罵り合う2人を温かい目で眺めながら、モズコールは突然拍手をしながら叫ぶ。


「んふーううううっ! ブラボーーーー!」


 !?


「互いに互いを憎くらしく思っている。殺したいほどの激情を抱えながら、互いに身体を求め合う。貪り合う。喰らい合う。そんな二律背反がこの世に存在しますか!?」

「……っ」


 く、狂っている。目の前で、息を切らしながら興奮しているこの男は、激しく狂っている。シガーもアウヌクラスも確信した。


「愛と憎しみは表裏一体。愛は容易に憎しみへと変わる……ならば、その逆は? 心の底から憎しみ合う2人が、果たして愛し合う関係へと至れるのか……これは、人類の発展にとって、非常に重要な命題なのです!」

「……っ」


 だが、そんな怯えなど一考だにせず、モズコールは、まるで森羅万象の真理を語る学者のように、仰々しく語り始める。


「しかし、悲しきかな。これまで条件を満たしてくれる者たちは誰もいませんでした。まず、殺し合うほど憎み合うという自体が難しい。また、市場価値がなければ、私の壮大な実験もご主人様に認められない」

「……っ」


 さっきから、ご主人様、ご主人様って言っているが。その男こそ、まさにヘーゼン=ハイムなんだろう。


 あの男は……なんという変態かいぶつを飼っているのだ。


 一方で、モズコールは、恍惚な表情を浮かべ嗤う。そして、なぜだかベルトがキツくなったのか、カチャカチャと縛りを緩める。


「しかし……やっとあなたたちが現れました。ご主人様に、私は熱く熱く説得しました。『王という高貴な存在の落魄れた姿さまを見たい』という需要は必ずありますと」

「……っ」

「加えて、殺したいほど憎む者同士が強制的に性交渉を行う。私は、心の底から震えました。それこそ、神に感謝したと言ってもいい!」


 モズコールは両手で型取ったハートマークを前後しながら、ブツブツとつぶやき、近づく。


「ドキン……ドキン……ドキン……ドキン……ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん! あああああああああああああ高鳴るううううううううううううううううううううううううううううぅ!」


「「……っ」」


 異常すぎる。


「だ、誰かー! 誰か助けてくれーー!」

「助けてくれーーーー! 誰かーーーー!」


 シガーもアウヌクラスも、必死に助けを呼ぶ。誰でもいい。それこそ、ヘーゼン=ハイムでも。この異常な変態と同じ空気を吸いたくない。1秒でも一緒にいたくない。


亀甲ノ縛きっこうのしばり

「「がっ……」」


 即座に2人の動きが封じられた。


 そして。


 徐々に。


 徐々に。


 2人の顔が、唇が近づき始める。


「なっ……なんだ貴様! すぐに離れろ気持ち悪い」

「こっ、こっちの台詞だ! 息が臭えから! 早く離れろ」


 互いに罵り合う唇が、徐々に。徐々に徐々に。徐々に徐々に徐々に近づいていく。


「この魔杖は、私が考案し、ご主人様がご褒美にいただいた魔杖きぐです。互いの自由を奪い、使用者の意のままに操れる」

「ひっ……」


 そして、シガーとアウヌクラスは互いに服を破り始める。ビリビリ、ビリビリビリビリと。


「言葉責めは、非常に効果的な前戯だ。しかし、今は求めてません。いやむしろ、言葉など不要」

「……っ」


 声すら封じられた2人は、生まれたままの姿を曝け出し。シガーとアウヌクラスは密着を始める。


「人はこれまで、さまざまなエロを発見した。性的嗜好フェチズム放置遊戯ほうちプレー限界妄想チラリズム。偉大なる探究心を追い求めた冒険者先人たちがいたからこそ、ここまでたどり着いた」


 絡みつく手のひら。


「さあ、あなたたちの愛を……憎らしいほど狂愛くるいとおしい激情を私に見せて欲しい!」

「……っ」


 何度も何度も交差する互いの足。


「ワクワクします。こんな観劇はない。どんな客層が来るのかも、それすら興奮する」

「……っ」


 そして……重なり合う唇。


 やがて。


「びゅ、ビューリフォー」


 カチャカチャ。


「はぁ……はぁ……びゅ……ビューリフォー」


 ズボンを下ろし、オムツ姿となった一匹のけだもの。ただ、自身の欲望を露わにし、更なる刺激の高みを目指す孤高なるけだもの。芸術という名の虚構を踏み潰し、偽りの仮面を暴き、汚き真実を貪り喰らっていく人の皮を被ったけだもの






































 異常変態サイコパススケベ




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