*


 諸王たちは、呆気に取られていた。イリス連合国トップの盟主に対して、突然、トゥーキックを喰らわせた黒髪の青年に。


「ぐっ……ぐああああっ」

「……っ」


 加えて。追撃で、尋常じゃなく痛がっているシガー王の側頭部をグリグリと足蹴にしている。グリグリ、グリグリグリと。


 だが、そんな異常行動をしている当の本人は、爽やかで屈託のない笑顔を浮かべている。


「初めまして。ノクタール国元帥のへーゼン=ハイムです」

「……っ」


 それは、超一流の貴族が嗜む見事な礼だった。王族中の王族が、英才教育で仕込まれたような洗練された振る舞いマナー。気品に溢れ、まるで煌びやかな社交界にやってきたかのような挨拶であった。


 足下でもがくシガー王を除けば。


「すでに、ガジオ大臣から説明を受けたと思いますが、首都アルツールはすでに包囲しました。彼は気骨のある大臣ですな。ヤアロス国の首都ゼルアークが陥落するまでは、頑として首を縦に振らなかった」

「……っ」


 すでに、ヤアロス国まで。諸王たちは、ただ信じられなかった。目の前にある現実が、次々と聞かされる事実が、まるで悪夢のように襲いかかってくる。


 だが、そんな戸惑いなどまったく意に介することなくヘーゼンは淡々と話を続ける。


「手短に言いますね。すぐに諸王会議を開催して欲しいんですよ。緊急動議があるので」

「ぐっ……ぐぐぐっ……ふ、ふざげる゛な゛っ!」

「……」


 足下で叫ぶシガー王を、へーゼンは黙ったまま見つめる。


「ふはっ! ふははははははははは! そうか! そうだろうな! 首都アルツールを包囲したと言えど、やがてイリス連合国の本軍がやってくる。お前はそれを食い止めたいのだろう?」

「……」

「図星だ! ほら見たことか! 我々イリス連合国は負けない! 降伏するなら今のうちだぞ!?」

「……」


 へーゼンは、満身創痍で強がるシガー王の言葉を、ただ黙って聞いていた。


 だが。


 やがて、何かに気づいたように口を開く。


「……なんか、高くないですか?」

「な、何がだ!?」

が」


 !?


「……っ」


「「「「「……」っ」」」」


 いや、すでに真下。完全不可逆的下に寝転んでいるシガー王に対して、へーゼンは更なる低みを求める。


 そして。


 ガンガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!


「ふんぎゃああああああああああああああっ!」


 まるで、頭蓋骨を陥没させようとするかのように。へーゼンは、目障りなゴキブリの如く、何度も何度もシガー王の頭を踏みつぶす。


 血に噴き出て、足跡が刻まれ、鼻が粉砕され、耳が潰れ、頭の形が変わっても、なおも激しく踏み潰し続ける。


「「「「「……っ」」」」


 完全なる異常者サイコパス、と諸王全員が思った。


 やがて。地面が頭ごとめり込み、ズタズタになった顔を覗き込んだへーゼンが尋ねる。


「どうですか? 諸王会議は開きますか?」

「ぐぐぐ……ひ……開く訳があるかぁ! 諸王会議など開かない! だ」


「「「「……」」」」


 諸王たちは感心した。シガー王に、このような気骨があったとは。へーゼンが狙っているのは、一つ。イリス連合国盟主の権限。とすれば、シガー王が崩れなければ、まだ交渉機会はある。


 だが、へーゼンは失望どころか、むしろ綺麗過ぎる笑顔で嗤う。


「絶対に?」

「ああ! 私を誰だと思ってーー」


 シガー王が強がりを言いかけた瞬間、へーゼンはその胸ぐらを掴んで、袋から大量の粒を口にぶち込む。


「がっ……ごぶ……ぐぶぉえええええええっ!」

「あー……吐き出しちゃった。汚いなぁ」


 唾液と血が混じった地面の粒を眺めながら、へーゼンはため息をつく。


「な、何をした! な、な、何を私に……」

「種をね……植えたんだ」


 ボソッとつぶやく。


「た、種!? な、何のーー」


 そう発した瞬間、シガー王に雷のような激痛がほとばしる。


「ぎゃああああああああああああっ!」


「……」

 

 へーゼンは首を傾げ、大きな目を見開いて凝視する。


 一方で、シガー王気絶するほどの激痛ににのたうちまわる。


「ぐうおえええええっ、い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃ……」


「……花が咲くんだ」


 黒髪の青年はつぶやく。


「は、はな……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……うぎゃあああああああああああああああああっ」

「ああ、君の胃を食い破り、肝臓を突き刺し、心の臓に撫で回すように絡みつき、皮膚を破裂させ、全身の血液を養分にして咲き乱れる花をね。痛いらしいよ……死ぬよりも、遥かにね」


 興味深そうに。


 しかし、淡々と。


 苦しみ回っているのを眺めながら、へーゼンは説明する。


「お、お願いだぁ……助け……ええええええええええあああああああああ!」


仇花あだばなと、この花は呼ばれているんだ。気が狂うことすら許されない狂おしいほどの痛みを対象者に伴うことから、心の底から憎い相手にしか使わない……まあ、僕は君に恨みはないがね」


 そう説明するが、当人はそれどころではない。絶叫と嗚咽と悲鳴と嘔吐をひたすらにひたすらに繰り返す。


「ええええええ……痛い痛いヒイいいいいイイぃあえおええええええ! おええええええええええ!」。

「死にたくなるほどの痛みでしょう? 安心して欲しいのですが、この花は割と短期間で咲き乱れます。その時には、大体死ねる」

「あええええええええええええええっ! あひええええええええええええええぇ!」

「……でもね、僕が治しますから。これでも、魔医として超一流なんでね。

「ひっ……そん……ひげええええええ! ひがごええええええええええええええええええええっ!」

「治しながらだから、死ぬよりも痛いと思いますけど、まあ、頑張ってくださいよ。どこまで耐えられるのか見ものです。こんな機会はあまりないから」

「……ひっ……や、やめ……」

























「皮肉なことだが……クズほど綺麗な花が咲く。あなたは、どんな花を咲かすかな?」

 

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