諸王



「こ゛め゛ん゛な゛ざい゛い゛い゛っ゛! ゆ゛る゛し゛て゛え゛ぇ゛……」

「……っ」


 実に3分もかからずに、シガー王は地面をのたうち回りながら、音を上げた。『先ほどの豪語はなんだったのか』と問いかけたくなるくらいに惨めだった。


 だが、ヘーゼンは笑顔で首を横に振る。


「誰に謝ってるのかわからないな。それは、僕が聞きたい言葉じゃない」

「え゛え゛え゛え゛っ゛! と゛め゛て゛ぇ゛……」


 魂を吐き出すように。痛がりながら、鼻水と涙と唾液をふんだんに撒き散らしながら、足の袖に縋りき、何度も何度も懇願する。


「なら、僕の望む言葉を言ってください。でなければ、永遠に苦しむことになりますね」

「な゛、な゛ん゛て゛も゛ち゛ま゛す゛。な゛、な゛に゛を゛す゛れ゛は゛?」

「そんなの自分で考えてください」


 !?


「そ゛……そ゛ん゛な゛ぁ……」

「ふぅ。今まで甘やかされて育ってきたんですね? 世間知らずもいいところだ。普通、惨めな敗残者が懇願する時は、勝者を喜ばせようと自らが考えて条件を提示し、命乞いするものですよ?」

「……っ」


 ポンポンと。ヘーゼンは、シガー王の肩を叩く。


「い゛い゛た゛い゛ぃ゛……ひた゛ぁ゛い゛い゛っ」

「僕はそんなに難しいことは言ってませんよ? ほら、頑張れ頑張れ」

「う゛う゛っ゛……き゛、き゛ん゛き゛ゅ゛う゛し゛ょ゛お゛う゛か゛い゛き゛を゛か゛い゛さ゛い゛……い゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛い゛い゛い゛っ(緊急諸王会議を開催……痛いーーーーっ)」

「ほらほら、あとちょっと。最後まで言わないと」


 まるで親が幼児を励ますかのように。ありとあらゆる体液を放出し転げ回るシガーを、温かい瞳で見守る異常者サイコパス


「し゛……し゛……ま゛す゛っ(しますっ)」

「はい、よく言えました」


 いい子いい子して。ヘーゼンは魔法でシガー王に咲き乱れる仇花の成長を止めた。


「ん゛ふ゛ぅ゛……ん……ふぅ……んふぅ……」

「痛みも一時的に消しておきました。まあ、あくまで一時的にですが」

「そ、そんな……」

「安心してください。今後も、僕の望むことを言い続けてくれれば、痛い想いはしませんからね」

「……っ」


 絶望的な安心、と諸王たちは思った。


 一方で、目の前にいる悪魔は、爽やかな笑顔を浮かべて着席を促す。


「さて。イリス連合国盟主の呼びかけにより、緊急会議が提案されましたので、遠慮なさらず席についてください」

「……っ」


 めちゃくちゃ遠慮したい。だが、目の前で廃人のようになっているシガー王を見ていると、素直に従わざるを得ない。


「私が思うに、シガー王の言いたいことは、『盟主の座が重荷だ』と言うことです。ですよね?」

「……そ、それは……く゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」


 若干、言葉を詰まらせた瞬間。シガー王が再び狂ったように叫び始める。


「聞こえませんね? 受け答えは元気にハキハキとしなきゃダメじゃないですか」

「あ゛う゛う゛っ゛……こ゛こ゛こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛っ」

「あなたはクズでゴミで無能なんですよ? 言わば、社会において、なんの役にも立たない害虫だ。その価値は、植物の肥料となる糞尿にすら劣る。そんな者がイリス連合国の盟主の座は、荷が重いと思うんですよ。まあ、と思いますがね」

「……っ」


 余計なお世話が過ぎる、とその場にいる全員が思った。そして、諸王たちは心の底からシガー王を応援した。


 絶対に負けないで欲しい。


 仮にイリス連合国の盟主がジオス王になれば、この悪魔の思うがままだ。どうか、尊厳と威信にかけて守り切って欲しい。


 だが。


「お゛、お゛も゛い゛ま゛ず」

「……っ」


 そんな願いが届くことなく、シガー王は超簡単に、数秒も経たずに屈服した。だが、へーゼンは首を横に振る。


「何を思うか、僕にはわからないな。ハッキリと、明確に聞きたいな」

「う゛う゛っ……わ゛、わ゛た゛ち゛わ゛ぁ゛、い゛り゛ずれ゛ん゛ごう゛ごぐの゛め゛い゛じゅに゛い゛い゛い゛っ……う゛、う゛さ゛わ゛ち゛く゛あ゛り゛ま゛せ゛ん゛ん゛ん゛ふううう(私はイリス連合国の盟主にふさわしくありません……んふぅ)」

「……まあ、よく言えた方かな」

「んっ……ふぐぅ……ふぐぅ……」


 痛みから解き放たれたシガー王は、ビクン、ビクンと身体を震わせながら横たわる。そこに、かつて偉そうにふんぞり返っていた姿は微塵にも感じられない。


「と、言うわけで。イリス連合国盟主に座を勇退された。次期盟主は、ジオス王がいいかと私が思いますが、どうですかね?」

「……」


 諸王たちは、誰も何も発さない。沈黙は、否決の意だ。諸王会議は全会一致が原則。そもそも、そんな提案が通るわけがない。


 絶対に誰も賛成するはずがない。何とか、イリス連合国の本軍がくるまで、交渉を長引かせなくてはいけない。


「えっと……諸王方は、全員反対ということでいいんですよね?」

「……」


 へーゼンが周囲を見渡して尋ねるが、諸王たちは何も発さない。


「仕方ないな」


 そうため息をついて。


 席を立ち上がり。


 ザヌセル国のモクセル王の前に立つ。


「あなたは、ジオス王がイリス連合国の盟主となるのに、賛成ですか? 反対ですか?」

「……」

「沈黙は『反対』と見なしますが、それでもいいですか?」

「……」

「……そうですか」


 ゴト。


「……えっ?」


 逆さま。


 コロコロと転がり、逆さまになったモクセル王の首は、そう発していた。
































「残り4人。反対の方ー?」

「「「「「……っ」」」」」



 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る