覚醒(2)


 ヘーゼンは、直感的に口走っていた。ヤンが詠唱チャントしているのは、理の崩壊オド・カタストロフィ。交わるはずのないのことわりを合わせることで超崩壊を起こす極大魔法である。


 だが、いくらなんでも、あり得ない。初級の魔法矢マジックエンブレムならば、初見でトレースした天才弟子を知っている。だが、聖闇魔法は西大陸でも超絶難易度を誇るものだ。


 歴史上扱えたのも数人というレベル。


 だが、『ヤンの才能センスならば』という一抹の不安と期待も存在することを自覚した。魔法自体を扱ったことがない故に、偏見がない。余分な知識がない故に、迷いもブレもない。


「……」


 初心者の天才が、稀に達人の超絶技巧をやってのけることがあるが……可能性を否定しきれない以上、最悪の想定も選択肢の1つに入れなければいけない。


「仕方ないな」


 そうつぶやき。


 へーゼンが迎撃体制をとる。リスクを負うことになるが、対応する手段が1つだけある。他の魔法では試したが、聖闇魔法は一歩誤れば即死だ。針に糸を通すような緊張が身体に走る。


 だが。


 <<なし 万物をーー……


 ヤンは詠唱を途中で中断し、瞬時に目に見えぬほどの速度で移動し火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのけんを拾う。


「くっ……囮か」


 敵にすると非常に厄介な立ち回りをしてくる。全ての行動が後手にまわり、ヤンの行動に対して、ことごとく出遅れる。


 そして。


 ヤンはグライド将軍の精緻な動きをトレースし、瞬時に炎孔雀と氷竜を呼び出す。驚くべきことに、その召喚速度は、へーゼンの詠唱チャント速度を遥かに上回った。


「……っ」


 行動が追いつかないへーゼンは、高速で飛翔する炎孔雀と氷竜の息吹ブレスをモロに喰らった。


「ぐぐぐぐ……ぐわはははははははっ! ぐわはははははっ!」


 ヤンは高笑いを浮かべ、その場で立ち尽くす。


 だが。


<<<<深森の主よ 陽光すら隠す 思慮を委ね 顕示せよ>>


 召喚されたのは、木魔精霊ドライアドだった。美しき淑女のような格好で、黒髪の魔法使いに跪く。


 背後には消し飛んだはずの、へーゼンが立っていた。


「なっ……なぜじゃ……」


 狼狽えるヤン……いや、グライド将軍か。火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのけんを持った時点で、彼の心のウェイトが増えたのだろう。


 だが、すでに何をしようと遅い。


 聖闇魔法の可能性を捨てきれなかった時点で、へーゼンは自らの心を2つに分けた。同時に異なる2つの思考で行動を行うことで、両パターンの対処を可能にすることができる。


 1つは聖闇魔法を放たれた場合の最悪の想定をした自分。そして、もう1つは聖闇魔法を囮として、別の行動を想定した自分。


 表の自分は、ヤンの行動に対し迎撃の対応をとる。一方で、裏の自分は注意深くその行動を分析し、すでに『火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのけんを取る』という選択まで辿り着いていた。


 ヤンが聖闇魔法の中断をした時点で、すでに思考を切り替え魔杖を持ち替えた。幽玄燈日ゆうげんとうじつを発動し、表の自分を幻影とした。


 魔法使い同士の戦闘は騙し合いだ。心理的なやり取りにおいて、へーゼンの右に出るものは未だかつて一人もいない。


 ヤンが慌てて火炎槍かえんそうを振るおうとするが、へーゼンの動きは止まらない。


「残念賞だな。詰めが甘い」


 すぐさま右手の氷雹障壁ひょうびょうしょうへきをぶつけて唱える。


精霊融合フュージョン


 氷雹障壁ひょうびょうしょうへきに。


 木魔精霊ドライアドが入り込み。


 緑の薄い光が灯った氷雹障壁ひょうびょうしょうへき


「……っ」


 ヤンは異変を察知し、その場を逃れようと離れようとするが、ヘーゼンはすぐさま魔杖を振るう。


氷縛絶緑ノ大樹ひょうばくぜつりょくのたいじゅ


 瞬間、ヤンの周囲に発生した巨大な氷柱から、無数の氷枝が発生。まるで、大樹が急激に成長するかのように広がり、ヤンの身体を束縛する。


「がっ……ぐっ……」


 完全なる拘束。いかにヤンの魔力が爆発的な物でも、魔杖や詠唱チャントなしで破れることはない。


 続いて。


<<その闇とともに 悪魔ベルセリウスを 召せ>>


 ポン。


 もがくヤンに対して、間髪入れずに深悪魔ベルセリウスを召喚する。


「シンフォちゃ……あれ、シンフォーー」

「黙れ。すぐにヤンの心に入って、あのジャジャ馬を呼び戻せ」

「そ、えっ……へー……」

「つべこべ言わずやれ。やらなきゃ八つ裂きにして2度と冥府には戻さない」

「は、はひっ!」


 深悪魔を脅し。ヘーゼンは拘束されたヤンの身体に触れた。


「……っ」


 とめどないマグマのような魔力暴走。螺旋ノ理らせんのことわりは、あくまでキッカケに過ぎない。この膨大なエネルギーの道を作って、放出させなければいけない。


「……」


 問題は魔力の放出先をどうするかだ。


 ヘーゼンは覚悟を決めた。下手をすれば、自分も巻き込まれて死ぬ。だが、この子にはそれをする価値がある。


 目を瞑り、体内で暴れているヤンの魔力を追い詰め、螺旋ノ理らせんのことわりへと導いていく。


 外部へと放出するのであれば、ここまで細かな魔力操作は不要だ。言うなれば、いつ噴火するかわからない火山のマグマの上に張られている一本のロープを渡っているようなものだ。


 やがて。


 吹き出す大量の汗を流しながら、ヘーゼンは思わず苦笑いを浮かべた。それは、紛れもなく感傷だった。思えば、自分が見込んだ弟子たちは、こうやって自分を困らせたものだった。


 そして。


 ヘーゼンは、黒髪の少女に向かってつぶやいた。



































「ヤン……戻って来い」







 

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