覚醒


        *


 その異変にいち早く気づいたのは、ヘーゼンだった。魔力を外部に放出できないヤンから、膨大な魔力を感じたからだ。


「……う゛う゛っ! うおおおおおおおおおおっ!」

「くっ……」


 幼い少女から解き放たれる圧倒的な咆哮、そして狂気。その瞳は真っ赤に染まっており、まるで何かが憑依したかのようだ。


 やがて、ヤンは俯きながら、まるで夢遊病者のようにブツブツと独り言をつぶやく。


「ヘー……ゼン=ハイム……ビュバリオ……王」

「……グライド将軍の思念が残っているな」


 ヘーゼンは瞬時に仮説を立てた。隣にいたラスベルはまだ呆気に取られていたが、すぐに状況を把握して平静を取り戻す。


「そ、そんなことあり得ますか?」

「……不思議ではない」


 ヘーゼンはむしろ納得した。元々、グライド将軍が溜め込んでいた数十年の魔力。死の間際に魂すらも込めた魔力。それらを全てをこの戦いで消費したと言う見方には懐疑的だった。


 螺旋ノ理らせんのことわりは魔力を様々な能力に変換する能力を持つ。そして、その変換効率が著しく悪いという仮定で戦っていたが、ヘーゼンは、もう一つ異なった仮定もしていた。


 螺旋ノ理らせんのことわり自身が使用者の魔力を喰らっている可能性。


 要するに、手数料を支払っているのだ。貯めた魔力を、そのまま引き出す時には小さな魔力を奪う。そして、溜め込んだ魔力を望む能力に変換をかけた時には莫大な魔力を奪う。


 グライド将軍が絶命したのは、螺旋ノ理らせんのことわりの魔力を消費し尽くしたからではない。


 すべての魔力を引き出し切る前に、その身体が耐えきれなくなり朽ち果てたのだ。それ故に、莫大な魔力が未だ螺旋ノ理らせんのことわりの中にある。


 そして。


「グライド将軍が、最後螺旋ノ理らせんのことわりに込めた魔力は……自身の魂を懸けたものだ。そこに、残思念が混じっていても不思議ではない」

「じゃ、じゃあどうするんですか!?」

「……ヤンの身体から、グライド将軍の思念を追い出す」


 口に出してはみたが、先ほどよりも相当厄介な作戦ミッションだ。まさか、聖闇魔法をぶっ放してヤンを殺す訳にはいかない。


 かと言って、この小娘のことだから、一筋縄でもいかないだろう。


「……後先考えずに飲ませるから」


 ラスベルはジト目で見つめてくる。


「い、今はそんなことを論じてる場合じゃない」


 ヘーゼンは自身の好奇心を後悔し、誤魔化した。どうにも研究者としての血が疼いてしまった。予測不可能な事象は後先考えずに試してみたくなる。


 これでは、あのバカ弟子と同じだ。


 若さの影響があるだろう。精神が肉体に引っ張られている。老齢の身体であれば、もっと慎重に思考していたのだろうが。


「へーゼン……ヘーゼン=ハイム……ヘーゼン=ハイムウウウウウウウウっ!」

「……っ」


 早い。


 <<光陣よ あらゆる邪気から 清浄なる者を守れ>>ーー聖陣の護りセント・タリスマン


「がっ……」


 高速で移動したヤンを、辛うじて光の壁で停止させた。まさか、グライド将軍よりも速度があるとは思わなかった。


 もちろん、純粋な脚力ではない。風属性の魔法だろうか……恐らく、螺旋ノ理らせんのことわりの力を駆使し、足に魔力を込め発動させたのだろう。


 完全に同化し、感覚的に使いこなしている。


 小癪に厄介過ぎる。


<<光よ 愚者を 緊縛せよ>>ーー天蓋の光レイ・キース


 間髪入れずに、ヘーゼンは光の縄を発生させてヤンをグルグル巻きにして拘束する。


「ぐ……ぐぐぐぐぐっ……うぐああああああああああああっ!」

「……っ」


 光の束縛を、魔力任せに、ぶち破った。そこまで高位の魔法ではないとは言え、ヘーゼンの緻密な拘束を破れる者は西大陸にもほとんどいない。


 潜在能力ポテンシャルは怪物クラスか。


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム

<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム

<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム

<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー光の矢サン・エンブレム


 5本の指を全て別々に動かして。ヘーゼンは連穹のように異なる魔法弓マジック・エンブレムを放つ。


「あ、あんな小さな子どもに攻撃したんですか!?」

「後で治す!」

「……っ」


 あまりの容赦のなさに終始ドン引きしているラスベルだが、仕方ない。たとえ、生身の身体でも即死にならない程度に抑えた威力で放った。


「うおおおおおおおおおっ!」


 だが、そんな心配もいらずにヤンは素手で魔法を弾きながら突っ込んでくる。纏っている魔力が膨大過ぎて、足止め程度にしかならない。


氷雹障壁ひょうびょうしょうへき


 ヘーゼンはすでに別の手に魔杖を納めていた。攻撃を自動追尾で防ぐ氷柱で、突進してくるヤンの前に巨大な障害物を発生させていく。


「はああああああっ!」


 その小さな手のひらで、ヤンは次々と氷柱を溶かしていく。熱エネルギーへの魔力変換。確かに無詠唱でもやれなくはないが、莫大な魔力を消費する。


 だが、魔力が溢れきっているヤンには造作もないことなのだろう。


「くっ……」


 螺旋ノ理らせんのことわりの相性と合いすぎている。ハッキリと言えば、グライド将軍よりもこの魔杖を使いこなしている。


 この少女の望みは、『魔法を使ってみたい』という願望だったのだろう。その想いが長年溜まり続け、螺旋ノ理らせんのことわりが具現化させているのだ。


 とは言え、ヘーゼンは距離を取りながら思考を組み立て別の戦術を模索していく。魔杖がなく、詠唱チャントもできない状態で、氷雹障壁ひょうびょうしょうへきは突破できない。


 この間で、なんとかヤンを無傷で捕らえる算段をーー


 



































<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をーー


「……バカな」





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