首都アルツール攻防戦(9)


 荒ぶる暴狂。真虎しんどらのような本能的かつ柔軟な身のこなし。歴戦の名将に劣らぬほど、冴え渡る剣技。


 狂戦士バーサーカーとして自我を失いながらも、限界を超えた修練の末に経た技と、鋭く研ぎ澄まされた野生が見事に融合された動きだ。


「強い……」


 ラスベルは思わずつぶやいていた。接近戦において、あのグライド将軍をも圧倒している。それは、彼女とバージスト将軍ですら成し得なかったことだ。


 2人はグライド将軍を攻勢に転じさせなかったが、ダメージを与えるには至らなかった。


 理由は至って簡単シンプルだ。グライド将軍の剣技が至高であったからだ。氷絶ノ剣ひょうぜつのけんの能力に加え、その華麗な身のこなしは名将をそれを遥かに凌駕する。


 隼装風衣しゅんそうふういを駆使しても、高速の拳撃が彼の頬に届くことはなく、バージスト将軍の青方天戟せいほうてんげきも、ことごとく防がれた。


 当然、カク・ズの能力のことは聞いていた。だが、仕込まれているのは5等級の宝珠だとも聞いている。


 火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎなど一等級の宝珠を備えた大業物の魔杖を圧倒するなんて。


 そんなラスベルの驚きを見透かしたように、隣のヤンが疑問に答える。


すー凶鎧爬骨きょがいはこつの宝珠を3等級に入れ替えました。グライド将軍対策で耐熱、耐冷性能を付与。そして、俊敏性を数段向上させてます」

「そ、そんなことができるの!?」


 ラスベルが驚く。魔杖は一度造れば一生物だと言うのが常識だ。宝珠だけを入れ替えることができるなど聞いたことがない。


「そう言う風に造ったんですって。他のはできないかもしれないです」

「……っ」


 ヘーゼンの業規格外の化け物の所業は放っておくにしても。3等級の業物だとしても信じられない。


 その異常な動きと膂力、暴狂性は、特級宝珠の大業物、螺旋ノ理らせんのことわりすらも凌駕している。


 戦況は互角以上。


 カク・ズは鎖状の剣で、火炎槍かえんそうの柄を捉えて巻き付かせ、その手から離れさせる。


「くっ……」


 グライド将軍は、空中に放り出された火炎槍かえんそうを拾おうと尋常じゃない脚力で跳躍するが、目の前にはカク・ズが出現していた。


「……っ」

「……」


 互いの手と手と合わせて。


 そのまま地面へと着地した。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおっーー!」

「ぐっぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ! うおおおおおおおおおおおっ」


 グライド将軍は背を下ろし、そのまま狂戦士を巴投げで十数メートルほどぶん投げる。対するカク・ズは猫のような身のこなしでクルリと回転して着地。


「ぜぇ……ぜぇ……なんて馬鹿力じゃ」


 グライド将軍が初めて息切れをしながら、感嘆の声を出す。


「し、信じられない。圧倒している」


 ラスベルが驚愕の眼差しを向ける。


「真逆なんです」

「真逆?」

「……カク・ズさんの魔杖、凶鎧爬骨きょがいはこつの設計思想は、瞬間に全ての力を凝縮する諸刃の剣なんです」

「……」


 ヤンの瞳に、心配の色が差す。


 確かに、その設計は魔力の蓄積を基本とする螺旋ノ理らせんのことわりとは、正反対のものだ。自我すら失わせ、ただ強さだけを求めるが故に絞り出された能力。


 それは、瞬間的に……特級宝珠を司る魔杖すら上回るものとなった。


「……」


 魔杖の制作者には、その思想が現れると言う。学生の頃からずっとともに過ごしてきた親友のカク・ズに、このような危険な魔杖を持たせているヘーゼンの深淵を垣間見た気がした。


 カク・ズの剣技は見事だった。本能の濁流に飲まれながらも、日々の激しい修練により覚えさせたそれは、グライド将軍の剣技すらも圧倒する。


「んの……調子に乗るな!」


 火炎槍かえんそうの五月雨打ち。無尽蔵に湧き出てくる魔力を駆使して、大炎を隙間なく放ち尽くす。


 だが。


 カク・ズの俊敏な動きは、それをことごとく躱す。火を……いや、死すら恐れぬ真虎しんどらのような身のこなしは、すでにグライド将軍の視界の外にあった。


「くっ……」


 すぐに氷絶ノ剣で氷膜を張るが、鎖状の剣は一瞬にして破壊する。そのまま、まるで瞬間移動のように現れたカク・ズとグライド将軍が激しく剣撃を散らす。


「信じられない。明らかにグライド将軍が嫌がっている」

「……恐らく、螺旋ノらせんのことわりは、魔力の変換効率が著しく悪いんじゃないでしょうか」


 ヤンがつぶやく。


「変換効率?」

火炎槍かえんそうや、氷絶ノ剣ひょうぜつのけんは、蓄積した魔力を放つだけでいい。ですが、膂力や耐久性タフネスは、魔力から変換しなければいけない」

「……」


 あり得る話だ。同じ魔杖でも、慣れていない能力を使用する時は、普段の10倍以上の魔力を吸い取られる。


 まして、異なる力に変換をかけるのは下手をすれば数百倍を持っていかれても不思議ではない。


 これまで、グライド将軍が可能な限り傷つかないようにしていたのも納得ができる。


 その死闘は、互いに一瞬の休養がないまま続いた。


 そして。


 夜が明け、日が昇り続けてもなおカク・ズとグライド将軍は戦闘を続けていた。互いに譲らない一進一退の攻防。


 その間、南、北、西、東の軍はそれぞれ進軍を開始していた。東に7万の連合軍を配置したことで、残りの3方向のクーデター軍の兵が厚くなる。


 戦況が大きく変わった。チラホラとグライド将軍に支援を求める声が出るが、カク・ズの猛攻によって完全な足止めに成功していた。


 だが。


「……まずいな」


 ヤンは二人の戦いを見守りながらつぶやく。徐々に。カク・ズの勢いが弱くなっていくのを感じる。すでに、丸1日を過ぎ不眠不休で全身全霊の力を注いでいた。


 一方で。


 グライド将軍の体力は無尽蔵に尽きない。これでもかというほどに、火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎを駆使して、カク・ズを攻め立てる。


「……ラシードさん」

「俺は助けないぞ。一対一の戦いに水を差すのは不粋だ」

「け、ケチっ!」


 ヤンが口を尖らして護衛の元竜騎兵ドラグーン団長を罵倒した後、手を高く上げる。数秒後に、数本の魔弓が襲い掛かりグライド将軍の身体に的中する。


 海賊シルフィの魔矢である。


 一瞬だが、グラリとグライド将軍の意識が飛んだ。


「よし、今! カク・ズさーー」


 そう言いかけたところで、ヤンの言葉が止まった。


 黒き漆黒の戦士はすでに力尽き、地に伏せて倒れていたからだ。


「はぁ……はぁ……ガハハハハハハッ! これで終わりじゃあ!」

「……っ」


 グライド将軍は、まるで鬼神のようだった。完全に我を失っており、ただカク・ズを倒すだけの存在と化していた。


 興奮状態で叫び、火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎを交差する。


 とめどない魔力が再びグライド将軍に集まってくる。火炎槍かえんそうがより紅く、氷絶ノ剣ひょうぜつのけんがより蒼を増していく。


 凄まじい魔力が両手に集約し、二対の大業物に伝わっていく。


「ぜぇ……ぜぇ……炎氷絶技」


 そうつぶやき。


 二対一体の大業物を、見惚れるような動きで振り抜く。


「舞えーー氷竜、炎孔雀」

「……っ」


 火炎槍かえんそうから放たれたのは幻獣であった。炎が孔雀の姿を形成し、氷絶ノ剣ひょうぜつのけんから放たれた氷が竜と成る。


 それら2体の幻獣は、まるで生きているかのようにカク・ズに向かって襲いかかる。


 瞬間、ヤンは走り出していた。


 これを喰らえば、間違いなくカク・ズは死ぬ。そう思ったら自然と身体が動き出していた。倒れたまま微動だにしない黒鎧の戦士に覆い被さるように、黒髪の少女は倒れた。


 その時。


 炎孔雀と。


 氷竜が。


 両断されて霧散し。


































 そこには、ヘーゼン=ハイムが立っていた。


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