首都アルツール攻防戦(10)


         *


 遡ること約4日前。ヤアロス国のレゴラス城から、クゼアニア国の首都アルツールへの道中。ヘーゼンと元帝国将官のギボルグの二人は、馬をひたすらに走らせていた。


 筋力強化と速度強化を付与する攻速ノ信こうそくのしるしは、常時発動(させた)。要所で手配した馬を変えながら、休憩なしで走る算段だ。


「……」


 ヘーゼンは地図と景色を眺め、先導しながら道筋を示す。


「この方角を真っ直ぐに進むぞ」

「わかりまし……」


 !?


 ギボルグは幻聴を聞いたと思った。ヘーゼンの進む先には遮蔽物しかなかったからだ。道は明らかに直角に曲がっていて、真っ直ぐに進めば確実にぶつかる。


 だが。


 ヘーゼンは、構わず道なき道を馬で直進する。


「えっ! えっ! そっちは民家……」

「大丈夫。中には誰もいない」

「……っ」


 ヘーゼンは指の鎖に繋がれたレンズのような魔杖を眺めながら、もう片方の手に別の魔杖を収める。


 扇状のそれを振るうと、途端に強風が吹き荒れ、ボロボロの民家は一瞬にして吹き飛ばされた。


 ヘーゼンはこの魔杖を『風鳴かざなぎ』と呼んだ。


「はっ……くっ……」


 隣の畑で働いていた、恐らく民家の所有者だろう農民は、目が飛び出そうなほど驚いていた。


「な、なんてことを……」

「心配ない。重ねて言うが人はいない。このレンズのような魔杖は、深望遠鏡しんぼうえんきょうと言い、遠距離から建物の中を覗けるものだ。便利だろう?」

「……っ」


 元帝国将官ギボルグの心配は、数日間、ただひたすらこの男と一緒であると言う事実だった。


          ・・・


「そ、そっちは商家」

「問題ない。賠償はしっかりとする」

「……っ」


          ・・・


「て、て、敵軍の陣地です! 無謀すぎます!」

「他愛もない。蹴散らす」

「……っ」


          ・・・


「と、ととととと砦のど真ん中ですけど!?」

「ぶち壊す」

「……っ」


          ・・・


 直進。とんでもなく、真っ直ぐの直進で進んだ。


           *


 現在。実にヘーゼン=ハイムは、文字通り、ただひたすらに真っ直ぐ進み、ここに至った。


 4日と10時間38分だった。


「ギリギリだったが、どうやら間に合ったみたいだな」

「……」

「……」


         ・・・


「ん? どうした? 驚いているみたいだが」

「……その、隣のミイラみたいな人は?」


 ヤンが恐る恐る尋ねる。


「元帝国将官のギボルグだ。まさか、忘れたのか? 存外に薄情なものだな君も」

「……っ」


 薄情というか。もはや、骨と皮しかない。


「ってか生きてるんですか!?」


 当然の疑問をヤンはぶつける。


「もちろんだ。なあ、ギボルグ」


 ヘーゼンが笑顔で声をかけると。


「ま、ママママママ……ママ! ママー! ママママっすぐ! すぐっ! すぐるー! まっままますぐぐぐぐ魔ママママま魔魔法ママママ! ママ! ママママっすぐぐぐぐっーーーー! うぐぐぐぐっ……!」

「ほら」

「最高におかしなことになっちゃってる!?」


 ヤンが、ガビーンと驚愕の表情を浮かべた。


 ガン決まり。目が完全に白目で、瞳孔が見えない。完全にを注入され過ぎて、アッチのお世界にイッてしまっている。


「彼の魔杖のおかげだ。幾分寿命も縮んだだろうが、間に合ってよかった」

「はっ……くっ……」


 果たしてよかったのか、とその場にいる全員が思った。


「さて」

「……っ」


 ギボルグの犠牲など完全になかったことにして。


 ヘーゼンが綺麗完全サッパリと切り替えて、グライド将軍を見つめる。


「……ヌシがヘーゼン=ハイムか」

「初めまして。偉大なる大将軍に会えて光栄です」


 至極丁寧に。そして、深々と黒髪の魔法使いは頭を下げる。


「なるほど、尋常な魔法使いではないようだの」

「そうですか? 魔法使いなんて、みんなこんなものじゃないですか?」


「「「「「……」」」」」


 絶対に違う、とその場にいる全員が思った。


 しかし、ヘーゼンは構わずに話を続ける。


「私からの提案です。もう、降参しませんか?」

「あん?」

「ヤンの采配で、大勢は決しました。もう、あなたがいかに暴れようが、この流れは止めようがない」

「……」


 25万対10万余り。戦局は一人の大将軍では崩せないほどクーデター軍側に傾いている。必死で巻き返しを図っていたのは、グライド将軍側だった。だから、昼夜問わずに戦闘を行い、一刻も早く援護に駆けつけたかったのだ。


 だが、カク・ズの粘りでそれもできなかった。

 

「イリス連合国という屋号を降ろせば、より強大な形でこの国々は生まれ変わります。ジオス王の元でね」

「……」

「あなたは強力な大将軍だ。愚物の諸王たちの下でなく、ジオス王の元であれば、将としてより輝かしい歴史を刻むことができる」

「……はっ! ゴメンじゃの!」


 グライド将軍は、ヘーゼンの提案を笑い飛ばす。


「ダメですか?」

「ヌシら若造にとっては、イリス連合国という屋号など、取るに足らないものだろう。だが、ワシにとっては……唯一無二の譲れぬものじゃ」

「ならば、イリス連合国という屋号は残しましょう」


 ヘーゼンはこともなげに言い切る。


「国の名前だけを残して、ジオス王を盟主の座に就かせればいい。ノクタール国、ゴレイヌ国、ゴクナ諸島、タラール族も取り込めば、更に強大な国家連合になる」

「……そんなのはゴメンじゃ。そんなものはビュバリオ王とワシが作ったイリス連合国とは言えない……ワシはもう年老いた。若造の王と未来を描けるほど、若くはない」


 グライド将軍はボソリとつぶやく。


「では、こういうのはどうでしょうかーー」

「くどい!」 


 グライド将軍は一喝でヘーゼンの言葉を封じる。


「ワシは、味方が全滅し、ただ一人になったとしても戦い続ける。ヌシらをできるだけ道連れにしてな」

「……」


 その表情には、意地と矜持が感じられた。


「最後の忠告です。イリス連合国にとっても、あなたにとっても、降参を勧めます。可能な限りあなたの望みを叶えてみせる」

「笑わせるな! いや、むしろヌシらが降参して、ワシらの下につけば考えてやってもいい」

「……できませんね」

「ほら見たことか! 貴様にできないことをワシに押し付けようとは、冗談が過ぎるのではないか!?」

「イリス連合国の命運はすでに尽きている。民心も、将兵の心も」

「……」

「あなたほどの偉大な将軍を取り込むために、屋号くらいは譲歩してもいいが、肝心の中身は変えられませんね。諸王も、盟主も全て解体する」

「はっ! 本音が出たの! 要するにワシと貴様。どちらかが勝たねばこの戦は終わらん! いや、ワシが終わらせない」


 グライド将軍は高らかにそう宣言した。


「……そうですか。残念ですね」

「要するに、ワシのような老人にビビッとるんじゃろ? 叩きのめしてやるから、早く来い若造!」

「……ふっ」


 その時。


 ヘーゼン=ハイムは不敵に笑った。


「さっきから、老人だの若造だの、『若くない』だの『年老いた』だのうるさいですね」

「な、なんじゃと!?」

「自身の未来が描けないのを、年のせいにしないでもらいたいですね、みっともない」

「……」

「幾つになっても……若くなくても、年老いても、たとえ死の直前だろうと、やりたいと思えばやればいい。自らの情熱と野心を失い、いつまでも過去の思い出に縋るようなくだらない生き方を、年のせいにするな」

「……ヘーゼン=ハイム」

「あなたのように、力だけあって前を見ない老害に比べれば、未来を夢見て盟主の座を得ようとしたアウヌクラス王も、現実とのギャップにもがき苦しむシガー王もまだマシだ」

「黙れ!」


 それでもなお。


 黒髪の魔法使いは、漆黒の瞳で老人を見下す。


「すいませんね。敬意とは内から出るもの。過去の肩書きに囚われた亡霊など尊敬どころか軽蔑にも値しない。あなたの過去も現在も、力も魔力も、存在すら否定し尽くし、僕は……前へと進む!」

「小僧おおおおおおおおおおおおおおおお!」





 























「さあ、始めましょう。最終決戦だ」

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