首都アルツール攻防戦(8)
*
遡ること7日前。ゴクナ諸島に最後の船が到着して、軍師のシュレイは大きく息を吐いた。
「やあーっと、終わった」
ノクタール国全国民の大規模集団避難。相当に難儀なミッションだったが、なんとかやり遂げた。
「それにしても……すごいな」
へーゼン=ハイムは、あくまでノクタール国国民の全員避難にこだわった。置いてきたのは、昔からイリス連合国であった土着の民たちで、『どうしても』と頑なに拒んだ者だけだ。
もちろん、9割後半以上の国民がジオス王の意志に従い、積極的に行動を共にした。だが、『残る』と宣言した者も極少数存在していた。
そう言った者たちは、全て捕縛して強引に連れてきた。
言葉を悪く言うと、連れてきてしまえば、こっちのものだ。その連れて行き方は、へーゼンとヤンで激しく罵倒……議論し合っていたが、結局、へーゼンの案で決着した。
「……」
ヘーゼン=ハイムの言語道断な行動力を呆れながら思い返していると、どうしても、もう1人の少女が浮かぶ。
「ヤン=リン……か」
末恐ろしい少女だ。ノクタール国に配属されてから半年余り。その短期間の間に、民心をガッチリと掴み込んだ。
これは、ひとえにジオス王のカリスマだけではない。
卓越した政治手腕とアイデアで、破綻した財政を即刻立て直した。民心を1つにさせるために、事あるごとにジオス王による税の減免、施しを続け、賢王としてのプロデュースをアピールし続けた。
加えて。
ノクタール国に残った兵。そして、ゴレイヌ国、タラール族、ゴクナ諸島の海賊たちを引き連れ、彼らを首都アルツールに到着させるために、地図にも乗っていない道なき道への横断を計画した。
今から20日以上前のことである。
それは、ゴゼサス山脈を踏破すると言う未知のルートだ。平地の大軍勢が、誰もいない山から誰もいない山へと至るという無謀なルート。
だが、ヤンは言った。『
*
そして、現在。ラスベルの目の前に……大炎の前に立ちはだかったのは。凶々しき
黒き漆黒の鎧を纏いし男は、瞬時に鎖状の剣を奮い、炎を真っ二つに両断した。
名はカク・ズ。漆黒の鎧と鎖状の剣を自身に纏わせる魔杖、
ラスベルの命を救った漆黒の鎧を纏った戦士は、そのまま沈黙し、憮然とその場で立ち尽くしていた。
そして。
その隣には、馬に跨りながら伝令にアレコレ指示をしている黒髪少女ーー
ヤンがいた。
「な、な、なんでここに!?」
「えへへ、心配で来ちゃいました」
「……っ」
なんて軽口。絶体絶命の危機の前に立っておきながら、その場だけノホホンとした空気感が流れる。
そして。
「ガハハハッ!」
グライド将軍は笑った。新しく出現した強敵を歓迎するかのような表情は、不敵かつ余裕な心持ちが垣間見える。
「これまた可笑しな
「初めまして、ヤン=リンです。で、こっちはーー」
「知っとる。元
グライド将軍の目には、ヤンの隣にいるラシードしか映っていなかった。その瞳には、爛々とした好戦的な光が見える。
だが、褐色の剣士はフッと笑みを浮かべて首を横に振る。
「勘違いしないでくれ。俺の仕事はこの子どもの護衛だ。戦はするつもりはない」
「なんじゃ、つまらん。童を追い立てて泣かす趣味はないからのぉ。楽しみはお預けか」
「違いますよ」
「あ?」
「追い詰められるのは、これからあなたです」
「……ガハハハ! いい度胸じゃの、童」
グライド将軍の豪快な笑みに劣らない笑顔を、ヤンは浮かべて答える。その表情には微塵の気後れもない。
「ノクタール国・ゴレイヌ国・タラール族の連合兵7万。将軍級の指揮官10人を連れてきました」
「……バカな」
その時、グライド将軍の顔色が初めて変わる。
「すでに、穴が空いた東軍に配備してます。これで、4方向の包囲が完了します。あとは、あなたがでしゃばらなければ5日で終わりますね、この戦は」
「……」
確かに大極を眺めて見れば、ヤンのいう通りだ。グライド将軍以外の戦線は、北・南・西・東と芳しくはない。
だが、兵数は互いに減り続けている。仮に、7万の精兵と将軍級指揮官10名が入れば戦況は一気に傾く。
「あなたがどれだけ頑張っても、所詮は北・南・西・東の一角を削り取るのが限界でしょう? その間に私たちは
「カッカッカッ! 戦というものをわかってないな童! 兵には士気というものがある。ワシが本気になれば、4日で全方位を取ってみせる」
「わかってませんね。させないって言ってるんです。カク・ズさん!」
「ぐおおおおおおおおおおおおっ!」
背筋が凍るほどの雄叫びとともに。漆黒の
瞬間。
数メートル四方にクレーターが発生するほどの衝撃がグライド将軍の脳裏に打ち込まれる。
「がはっ!」
初めて。呻き声を上げた老人に、カク・ズはそのまま馬乗りになり、何度も何度も力任せにぶん殴る。右・左・上・下・斜め。一打一打が首が千切れ飛ぶほどの威力で。
「……おい、調子に乗るな、小僧」
グライド将軍は、カク・ズの腕を取って豪快にぶん投げる。それから、
「しやぁああああああああっ!」
一閃。
異常な膂力により振るわれた鎖状の剣は、その圧倒的な剣圧で大炎を再び両断する。
「凄い……」
グライド将軍を圧倒するカク・ズに対し、青髪の少女は感嘆の声をあげる。
「ラスベルさん」
そんな中、ヤンが馬から降りて近づく。
「なんで前線に!? 危ないじゃないの!」
青髪の少女は、嗜めるように激しく叱る。この少女は、どれだけこの場が危険かわかっているか。何の魔法も使えないヤンがいるなど、自殺行為のようなものだ。
「し、仕方ないんですよ。カク・ズさんの命令は私しかできないから」
「……」
カク・ズの
確かに、戦況を見ながら柔軟な指示を出せるのは、この少女しかいないのかもしれない。
だからと言って……
「出しゃばりだってのは、わかってます。自分でも、なんで力がないのか……なんで何もできないのか、見ていて歯痒いです」
ヤンは小さな手でギュッとラスベルの裾を握る。その瞳には、壮絶な激闘を繰り広げているカク・ズがいた。
「とは言え、これで全て出し尽くしました。あとは、
「でも……カク・ズさんが勝つと言うことも」
「いえ。多分、勝てないと思います」
ヤンはそう言い切る。
「なぜ?」
「長期戦に向いてないんです。カク・ズさんの体力は持って1日」
「……間に合わないわね」
ラスベルは、頭を抱える。
「いえ。なんか、
「……っ」
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