首都アルツール攻防戦(4)


「…‥以上が、被害報告になります」

「……嘘だよな?」

「本当です」

「……」


 クーデター軍のリーダー、バージスト将軍は黙って頭を抱えた。


 あまりにも強すぎる。


 当然、戦場で共に戦ったことはあるので、能力は熟知していた。30年前に炎孔雀と氷竜を戦場で暴れさせ、万の敵を葬ったことも伝えられていた。


 だが、それはグライド将軍が魔法使いとしての全盛期の頃だ。


 事実、ここ十数年は、目立った大きな戦果もなかった。今のような老齢では、魔力も徐々に衰えてきていると見ていた。


 今は全盛期……いや、下手するとそれよりも強い。


「なんてジジイだ」


 これまで他国の大将軍級を何人か見てきたが、このような圧倒的な殲滅力はなかった。もしかすると、大陸最強ではないかとすら思ってしまう。


 一方で、クーデター軍の戦果も芳しくはない。西、北、南の侵攻は、グライド将軍の圧倒的戦果で敵軍の士気が爆上がりし、見事に跳ね返された。


 明日は、どの軍を殲滅させられるのだろうかと、将校も兵も戦々恐々としている。


 野営テントが、まるで葬式のように沈んだ雰囲気に包まれる。誰もが下を向き前向きな意見どころか発言すらしようとしない。


 そんな中、ただ一人、青髪の美少女がバージスト将軍の前に立つ。


「将軍、軍長級を私に貸してください」


 ラスベルが笑顔で首を傾けておねだりする。


「……今日の戦では存在感がなかったな。遊んでいたか?」


 バージスト将軍が腹立ち紛れに揶揄からかう。


「いましたよ。グライド将軍が戦っているすぐそばに」

「まさか……分析したのか?」

「しました」

「恐ろしい女だな。我が軍の将軍級4人、軍長15人、そして、東軍のリーダーが犠牲になったんだぞ?」

「勝つための犠牲です。まさか、なんの代償も伴わないで勝てると思っていた訳ではありませんよね?」

「……」


 その瞳には、揺らぎはなかった。誰もが萎縮するような絶望的な戦力差を前に、それでもラスベルに怯えはない。


「グライド将軍に……何か付け入る隙はあるのか?」

「強過ぎるんです。あまりにも」

「なんだ? 戦う前から弱音か」

「違います。違和感を感じませんか? 

「……なるほど」


 バージスト将軍は納得したように頷いた。


「私はグライド将軍を初めてみましたが、身近で見てきたあの方は、あそこまで圧倒的な戦闘力ですか?」

「……違う。いや、物凄い実力ではあったが、ここまで規格外ではなかった」


 ここ十数年しか見たことはないが、一度の戦場で火炎槍かえんそう絶氷ノ剣ぜっひょうのつるぎを一度放つかどうかだった。


 しかも、倒す兵も一度に千人は超えないほど。今まで『本気でなかった』と言えばそうなのかもしれない。


 グライド将軍は、かねてから自身の後継者を探していた。全力でなかった理由が、第一線として退いたからだと考えていたが、そうではないとすると些か不自然にも感じる。


「あんな途方もない殲滅力があるなら、単騎十万の軍を相手にできますよね? 数百の城も落とせるはずです」

「……」


 これまでの戦果と今の途方もない実力とギャップがあると言いたいのだろう。確かに、グライド将軍は大将軍の中でも目立たぬ部類だ。


「魔力欠乏症になると?」


 ラスベルの推理にはある程度納得する。人が保有する魔力の量は決まっていて、回復できる量も限りがある。仮に魔力のコップがあったとすれば、それが大きければ大きいほど全回復は遅くなる。


 火炎槍かえんそう絶氷ノ剣ぜっひょうのつるぎは範囲が広大であるが故に、消費量が著しく大きい類のものだ。


 その分、他の魔杖と比べコスパが著しく悪い。


 グライド将軍は1日で途方もないほどの魔力を消費した。これが1日で全回復するようであれば、それこそ人智を超えている。


 だが、大将軍ともあろう者が魔力欠乏症になるような、後先も考えない無謀な攻勢をかけるだろうか。


 ラスベルは依然として笑顔で首を傾げる。


「わかりません。ですが、グライド将軍は大業物である螺旋の理らせんのことわりも見せてはいない。そこに不自然なものも感じるんです」

「……」


 確かに、あの老人には、謎が多い。イリス連合国の誰もが、その魔杖を見たこともないし、それを使っているところも戦場で見たことはないのだ。


 ただ、先王ビュバリオの証言だけだ。


「……」


 目の前にいる青髪の美少女は、その圧倒的な殲滅力にも怯えることなく、客観的にその戦力を認め分析してみせた。20歳にも届かないようなその年齢で、いったいどうやってその胆力が身につくのか。


「とは言え、あと4日は耐えなくてはいけません。そのために、豊富な戦力が欲しいんです」

「4日? ヤツの話だと、あと5日は踏ん張れと書いてあったが」

「……なんの根拠もないんですが、すーは1日くらいは早く来るような気がします」

「バカを言うな。レゴラス城から首都アルツールに至るまでは、どうやったって7日はかかる。不眠不休で馬を24時間走らせたとしてもだ。遅くくることはあっても早く来ることはあり得ない」

「そういう人なんです……としか言えないのが本当に心苦しいのですが」


 ラスベルは、その時、初めて引き攣ったような笑顔を浮かべた。


「……へーゼン=ハイムは勝てると思うか?」

「わかりません。ただ、後にも先にも私が途方もない絶望感を抱いたのは、すーだけです」

「……」


 しばらく。バージスト将軍はラスベルを見つめ、やがて大きくため息をついた。


「ふん……誰が欲しい?」

「欲しい能力があるんです」


 ラスベルはそう答えて、羊皮紙のリストを手渡す。


「これは……」

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