クーデター軍


           *


 クゼアニア国首都アルツール付近。野営のテント内には、元筆頭将軍のバージストと元将軍たちがいた。


 この数日間、周辺勢力の取り込みに終始していたが、おおよそ取り込むことができた。それは、単にシガー王の悪政と暴挙、暴言による不満だけではない。


 兵の先頭となって現れ、次々と城を奪還していくジオス王に、イリス連合国先代盟主ビュバリオの面影を見たからだ。


 クーデター軍18万対クゼアニア国軍11万。


 兵数は圧倒しているが、あちらにはグライド将軍がいる。また、背後にはイリス連合国の本軍40万が迫り挟み撃ちされれば確実に敗北する。


「……厳しい戦だな」

「はい」


 副官のラウールが頷く。


「あー。戦いたくね」


 そう言いながら、バージストはボサボサの頭をかく。そんな気の抜けた発言をする男に対して元将軍たちは苦笑いを浮かべる。


「ここまで集めておいて、何を今更」

「グライド将軍が規格外で、勝てる気がまったくしないんだわ」

「し、しっかりしてくださいよ」

「無茶言うな。じゃ、お前は、どうやってあの化け物と対峙するよ?」

「……避けながら戦うしか手はないと思います」


 副官のラウールが悔しげに答える。


「避けながらねぇ」


 バージスト将軍は頬杖をつきながら、周辺の地図を眺める。


 首都アルツールには、東西南北と攻略ポイントがあるので、グライド将軍を避けながら進軍をかけることは可能だ。


 だが、クゼアニア国の陣営には、グライド将軍の他に屈強な将軍・軍長がいる。当然、直下の将軍はイリス連合国でも屈指の実力を誇る。


 将官の数は勝っているとはいえ、質は5分……いや、ややあちらが上回るというところだろうか。


 それにーー


「あのジジイの厄介なところは、その圧倒的な殲滅力だ。避ければ兵が万は死ぬ。それに、そうそう同じ場所に留まるとも思えんしな」


 恐らく、グライド将軍は遊撃軍として出撃する。神出鬼没に現れ数千の兵を屠り、将官を殺してまわれば、こちらの士気は激減する。


 もちろん、兵力差で押すことは可能だ。時間をかければ首都アルツールを陥落させることができるだろう。だが、その前に後方のイリス連合国本軍が追いついてきて詰む。


 かと言って、将軍級が束になっても勝てるかどうか。勝率は、五分というところだろう。他の将軍たちも屈強であるが故に、それらを差し引くと形勢が明らかに悪い。


 そして。


「何よりも、大業物の魔杖『螺旋理らせんのことわり』。こいつが、どのようなものか、誰もしらんだよな」


 特級宝珠を使用するものであるとはわかっているが、当時、戦場に残っている者が生きていないのだ。記録上残っているのは、当時の帝国中将を打ち取った時だった。


 だが、その効果はおろか、魔杖の形なども記されていない。


「あのジジイとは何度も戦をしたが、特級宝珠を使用した形跡がないなんてな」

「……意図的に隠していたんでしょうか」

「さあな。だが、仮に追い詰めることができたとしても、その能力次第では戦況が傾く」

「……」


 その場に重たい雰囲気が流れ始めた時、伝令が伝書鳩デシトの手紙を持ってきた。


 へーゼン=ハイムからのものだった。


「なんと書かれてます?」

「6日間だけグライド大将軍の攻撃に耐えろ、だとさ」

「侵攻を遅らせろ、ということですか?」

「いや。今のタイミングで侵攻をかけなければ、背後を突かれて詰む」


 兵たちに攻めさせながら、グライド将軍に仕事をさせないようにしろ、ということだろう。


「難しい注文ですね」

「だな……だが、まあそれしかないだろう」


 へーゼン=ハイム。この大戦争の絵を描いた男。クゼアニア国の領土を次々と奪い、一方で諸王の信頼関係を壊して、イリス連合国自体を丸呑みしようと言う、規格外の化け物。


 まるで、こちらの思惑を見抜いているかのようなタイミングで指示がきたことに、バージスト将軍は得体の知れない恐怖すら覚える。


 その時、陣営のテント内に青色の長髪が印象的な女が入ってきた。スラっとしたモデル体型で、誰もが見惚れるほどの美少女である。


「我が軍も参戦します」

「ラスベルか」


 バージスト将軍がニヤリと笑う。貴重な戦力はあればあるほど望ましい。彼女はクーデターを決起して数日後に傘下に入っていた。


 クゼアニア国の周辺勢力を味方につけるのに、事務、調整、交渉役を買って出たのが、ラスベルだった。彼女がいなければ、結集できた兵力は3分の2ほどになっていただろう。


 一方で、ヘーゼン=ハイムの弟子であるという。


「相手はグライド将軍だぞ? 自信はあるのか?」

「単独で倒すことは難しいでしょう。ですが、時間稼ぎなら駒は多くいた方がいいです」

「犠牲になるというのか?」

「まさか。そんな気持ちで戦えば即死ぬと思ってます」

「……」


 ラスベルが戦っているところを見たことがないが、恐らく有能なのだろう。だが、政務・軍略の面ではクゼアニア国の大臣・軍師など比にならないほど優れている。


 他国の者ではあるが、そんな逸材をむざむざ死なせたくはない。


 しかし、そんな思惑を汲み取ったラスベルは、それでも優雅に微笑み困ったように首を傾げる。


すーからの指示です。『死線を千超えねば本物になれない。生き延びて見せろ』と」

「……へーゼン=ハイムは、弟子をむざむざ地獄に叩き落とすのが趣味か?」

「そうみたいですよ。私の姉弟子に言わせると」

「くく……そいつは、一度会ってみたいな」


 バージストはそう言って笑う。


「わかった。では、参戦を頼む」

「よろしくお願いします」


 ラスベルは、浅く礼をして去っていった。


「よし、戦術は決まった! 各軍、戦闘配備」


 バージストは立ち上がり、幹部たちもみな勢いよく返事をして散って行った。


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