首都アルツール攻防戦(1)


           *


 クゼアニア国首都アルツール攻防戦。日の出とともにクーデター軍の進軍が開始された。


 イリス連合国側は、すでに部隊を配置し出撃していたが、グライド将軍と副官のゲイルはどの軍にも属さずに中央で待機していた。


「東西南北に部隊を均等に配置し、それぞれ強力な将軍が配備されています。北にはーー」

「いい。誰であろうと、今日は東を殺る」


 グライドは欠伸をしながら答える。


「……ノクタール国の本軍によって、ヤアロス国首都ゼルアークが脅かされています」

「そうか」


 頷く老人の背中は、何も語らなかった。


「正直言って、あなたが祖国に向かわない選択をするとは思いませんでした」

「……」


 ゲイルの言葉には、遠回しだが、どこか非難めいたものが混じっていた。いや……グライド将軍に付き従うほとんどの兵がヤアロス国出身だ。


 祖国が見捨てられたと言う想いがあるのだろう。


 しかし、グライド将軍はこともなげに答える。


「どうせ間に合わなかった」

「えっ?」

「へーゼン=ハイムの策じゃ。ヤツは……ヤアロス国をもっと早く落とそうと思えば落とせる筈じゃ」

「まさか! あれよりも早くはあり得ない」


 ゲイル将軍は即座に否定するが、グライド将軍は呆れたように首を横に振る。


「そう思わせられている時点で、ヤツの術中にハマっている。ワシもヌシも……そして誰もが、へーゼン=ハイムと言う人間を、果たしてどれだけ知っているのか」

「……」


 ヘーゼン=ハイムは侵略速度を状況に合わせて完全にコントロールしていた。『もうこれ以上はない』と思わせて、その上を行くことで、心理的に裏をかかれてハメられる。


 恐らく、それがあの男の描いた絵だったはずだ。


 仮にグライド将軍がヤアロス国に援軍に向かえば、へーゼン=ハイムは到着までに首都ゼルアークを落とすだろう。


 そして、一方で、首都アルツールはなす術なくクーデター軍に掌握され、グライド将軍は完全に孤立する。その時点ではもう挽回の効かない盤面だ。


「逆に言えば、首都アルツールさえ落とされなければ、ジオス王が首都ゼルアークで孤立する。周囲はイリス連合国の国々ばかりじゃからの」


 祖国への想いを呼び水にして、罠を張ってきた。グライド将軍としても苦渋の決断ではあったが、この際、癌細胞アウヌクラス王を強引に取り除き、イリス連合国の再生を狙った。


「……あなたはやはり、恐ろしい方ですね」

「馬鹿者。脅威なのは、ヘーゼン=ハイムの知謀と能力じゃ。底どころか器の全容すらも見せない」

「……」


 厄介さで言えば、間違いなく大将軍級である。これまで、恐るべき知謀の持ち主は何人もいたが、その中でも特級品だ。


 しばらく、ゲイル将軍は何かを躊躇していたが、やがて、意を決して話し出す。


「……正直に言って、兵の先頭に立って駆けるジオス王の話には、胸が熱くなりました」

「そうか」


 グライド将軍は言葉少なめに頷いた。


「心惹かれませんか?」

「ワシがもっと若ければの。ヌシらは、好きにしていいぞ」

「冗談でしょう? 殺されるのはごめんですな」


 副官のゲイル将軍は笑顔を浮かべる。グライド将軍は、その忠誠を好ましく思いながらも、どこか物足りなくも感じる。


 もし、自分がゲイル頃の歳であれば、全てを投げ出しても駆けつけただろうに……


「では、行く」

「はい」

「適当に守り、ヤバければ呼べ。各々の将軍にもそう伝えよ」

「かしこまりました」

「さて。では、行くか、雷駿、頼むぞ」


 愛馬に乗り、戦場を駆け出す。


 そして、クーデター軍とヤアロス国軍が激突している場所に颯爽と出現し、グライド将軍は軽く水平に槍を動かす。


火炎槍かえんそう


 たちどころに大炎が巻き起こり、一帯が火の海となった。数百人を越えるクーデター軍の兵たちは、たちまち火だるまとなった。


 火炎槍かえんそうには、一級宝珠が使用されている。シンプルだが、広範囲、限定範囲、遠近自由自在の強力な魔杖だ。


「た、助かりました」

「別の場所へ向かえ。威力は抑えたが、ここにいれば巻き添えを食うぞ」

「わかりました」


 指揮官は、即座に頷いて場を離れる。


 火炎槍かえんそうは状況によって威力と範囲を変えられるので、汎用性が高く戦える。


 その時、クーデター軍に、将軍1人と軍長3人が駆けつけて来た。


「ザルエグ将軍か!」


 ニカッと無邪気な笑みを浮かべる。


「英雄グライド。まさか、あなたと剣を交える日が来るとは思わなかった……イリス連合国の命運は尽きた。素直に投降しろ」

「投降? それは、弱虫がやるもんじゃろう? ヌシこそ、今なら命だけは許してやらんでもないぞ」

「ほざけ! ジライヤ軍長!」

「はい!」


 ジライヤ軍長は叫び、大きな鎌のような魔杖をかざす。


首狩夜叉くびかりやしゃ!」


 無数の大鎌の斬撃が飛翔し襲いかかる。しかし、グライド将軍はもう片方の手で、鞘に収まっていた剣のような魔杖を抜く。


「ははっ! ぬるい斬撃じゃ!」


 刀身から巨大な氷の大膜が発生し、幾重にも渡ってグライド将軍自身を包み防ぐ。


 絶氷ノ剣ぜつひょうのつるぎ。こちらも一級宝珠を使用した魔杖である。


「ぐっ……攻防一体。反則だろう!」

「馬鹿野郎! 隙を見せるな!」

「えっ?」


 隣にいたザルエグ将軍が叫んだが、遅かった。すでに、ジライヤ軍長の背中には氷の刃が突き刺さっていた。


「な、なんで!?」


 地に落ちながら、ジライヤ軍長は自身の腹を見て倒れ込む。


「初見でワシと渡り合うには、経験と魔力と技術と……格が無さすぎたの」


 グライド将軍はニカッと笑った。


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