堕ち行く者たち
アウヌクラス王は、朦朧としながら自室に帰ってきた。いったい、何が起きているのかわからない。なぜ、こんな事になってしまったのか。
まだ、現実味がなかった。つい、先日までは歓喜の頂点であったのに。もはや、イリス連合国盟主の座が目の前にあったのに。
「……」
ふと。部屋の隅で存在を消している物体が目に入った。同じく帰ってきたエロブスである。
「……」
「……」
ニッコォ。
目が合った瞬間、はにかんだような苦笑いを浮かべ、尻を左右に振る。
「ど、どうしようもないですなぁ……ははっ」
「……っ」
無能。
どいつもこいつも無能過ぎる。
終わった。全てが、終わってしまった。
「……いや、まだだ」
こんなところで、終わるわけにはいかない。アウヌクラス王はフラフラと立ち上がって、エロブスの胸ぐらを掴む。
「おい、すぐ、諸王たちに面会を……」
「失礼します。そろそろ、諸王会議が開催されます」
!?
その時、伝令が呼びに来た。
「まだ早いだろうが!」
「じ、時間通りですが」
「……っ」
確かに定刻である。不味い。不味すぎる。根回しが全然完了していない。窮地に立たされているこの状況で諸王会議を開かれれば、間違いなく王の座から引きずり降ろされる。
「ちょ、ちょっと気分が悪いので」
「欠席ですと、判断を放棄したと見なされますが、それでもよいでしょうか?」
「出ないとは言ってない! 少しだけ気分が悪いから延期してくれと言っている!」
「申し訳ありませんが、決まりですので」
「くっ……」
なんと言う融通の効かない伝令だろう。アウヌクラス王は渋々部屋を出て、会議室の中に入った。
「……っ」
すでに座っていた諸王たちは、今までにないような冷たい眼差しだった。まるで、生ゴミを見るかのような無機質な視線。
「さて、揃ったか。じゃ、始めようか」
議長は、シガー王。すでに、勝ち誇った表情を浮かべている。
このままでは……潰される。
「そ、その前に! 一つ、提案したいことがある!」
アウヌクラス王は意を決して手を挙げる。
「あ? どうした?」
「その……今まで否決してきた票を取り消す。イリス連合国の本軍をクゼアニア国の首都アルツールに戻すことに賛成票を投じる。もちろん、こちらから提示する条件もない」
「ああ、そう」
シガー王は退屈そうに相槌を打つ。一方でアウヌクラス王は、満面の笑みを諸王に対して向けた。
「今まで、私の勝手な意見を押し付けて本当に申し訳なかった。しかし、もう私も納得をした」
ヤアロス国の援軍はあきらめた。万が一首都を陥落させられるリスクは残るが、王の座から引きずり下ろされるよりはマシだ。
そして、万が一首都を陥落させられても、王であれば取り戻せる。ノクタール国軍は孤立無縁だ。首都アルツールの反乱さえ治れば、周辺国家ですり潰せばいい。
当然、諸王たちから支援を乞う立場になるので、諸王会議内での発言力も弱まる。だが、王の椅子は何とか保たれる。それであれば、何とか挽回を図れる。
背に腹は変えられなーー
「じゃ、今日の議題行くぞー。ヤアロス国国王のアウヌクラス王譲位について」
!?
「ど、どういうことだ!? イリス連合国本軍を首都アルツールに戻す事には賛成しただろうが!」
「ああ? それとこれとは関係ないよな?」
シガー王が振り返り、諸王の方に向かって尋ねる。
「まあ、関係ないですね」「と言うか、もう遅いと言うか。あなたのためにここにいる全員が迷惑した訳ですし」「そもそも、あの振る舞いは王として相応しくないのでは?」「まあ、アウヌクラス王もお年を召されてますし、そろそろ隠居なさるべきでは?」
「……はっ……ぐっ……」
口々に。
諸王たちは、我関せず顔で罵詈雑言を並べ立ててくる。
そして。
そんな様子を。
シガー王が気持ちよさそうに眺めてくる。
「クク……ククククッ……アハハハハハ、アハハハハハハハハハッ! アハハハハハ、アハハハハハハハハハッ! ねえ、どんな気持ちー? ね、ね、ねえ! ど・ん・な気・持・ちー!?」
「ぐぅ……」
アウヌクラス王は、血が噴き出るほど歯を食い縛って席を立ち、一番親交の厚かったラスダブル王の席の近くに駆け寄って縋りつく。
「こ、こんなのあんまりではないか!? 私はイリス連合国のために……諸王方のために、莫大な支援と兵を派遣した。助けを請われれば、必ず助けたではないか!? なのに、その私に対して、こんな酷い仕打ちをするのか」
「は、離してください!」
「……っ」
ラスダブル王は強引に袖を引き剥がして睨みつける。
「まったく……見苦しいですぞ。諸王としてではなく、友人としてでの忠告ですが、潔く責任を取るのがよろしかろう。歴史に汚名を残しますぞ」
「ひっ……そんな……ガバダクラゼ王……」
アウヌクラス王はフラフラと立ち上がり、また別の諸王のもとに縋りつく。
「あなたは私に莫大な貸しがあったはずだ。いつだったか言ってくださったではないですか? 『この御恩は一生忘れない。命に変えても借りは返す』と」
「そうでしたかなぁ? 全然覚えていませんなぁ」
「……っ」
彼もまた、雑に惚け顔を返し、袖を強引に引き剥がす。アウヌクラス王は、懲りずに立ち上がりまた別の諸王たちの足下に行き袖を引っ張る。
「そんな……ビネグ王……ザジオ王……頼みます……お願いします……どうか……どうか……」
「「「「……」」」」
諸王たちの誰もが、我関せず顔相手にもしない。
「嘘だ……嫌だ……誰か……誰かぁ……」
アウヌクラス王は泣きながら、鼻水と涎を垂らしながら、四つん這いで這いながら、弱々しく諸王たちの袖を掴み、引き剥がされる。
なおも。
飢えて水を求める乞食かのように、フラフラと四つん這いで徘徊をし続ける。
「誰か……誰か……誰か……誰かぁ……誰か……誰か……誰かぁ……誰か……誰か……誰か……誰かぁ……誰か……誰か……誰かぁ……誰か……誰か……誰か……誰かぁ……誰か……誰か……誰かぁ……」
その声は。
「誰かぁ……」
弱々しく。
か細く。
やがて。
消えた。
そして。
それを外から嘲笑い飛ばすシガー王。涎を撒き散らし、顔を真っ赤にして、狂ったような赤い目で笑い、嗤い続ける。
「ククククッハハハハハハハハ! 最高! 本当に最高だよジジイ! これだよ、これ! これが見たかったんだよ! ククククッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
やがて。
かつてアウヌクラス王だった皺枯れた老人は、シガー王を見ながら悔しげに吐き捨てる。
「貴様だって同じだ……次のイリス連合国盟主の座を追われ、私と同じ目に遭う」
「はいはい、敗者の遠吠え、お疲れさん」
「……」
つい1ヶ月前とは別人のように老け込んだ、かつての王を。
シガー王が勝ち誇ったような表情で見下し。
「「「「……」」」」
その光景を満面の笑みで諸王たちが見ていた。
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