【小説２巻８月２０日発売＆コミック８月２６日発売】平民出身の帝国将官、無能な貴族上官を蹂躙して成り上がる

懺悔

　　　　　　　　　　　＊

　アウヌクラス王は言葉を失った。コイツはいったい、なにを言っているのだ。コイツは、いったい。

　えっ？　嫌（や）じゃけど。

　確かにそう聞こえた。いや、いやいやいや。そんなフランクな拒絶。今まで、グライド将軍は、臣下の礼儀を忠実に守ってきた。

　そんな訳がない。幻聴だ。

「す、すまないな。最近、歳を取って耳が遠くなったのだ。もう一度言ってくれるか？」

「……はぁ」

　グライド将軍は深くため息をつく。

「嫌（や）じゃ、と言ったんじゃ。ワシはイリス連合国の命令に背く気はない。これっぽっちもな。やるなら、ワシ抜きでやってくれ」

「……っ」

　幻聴ではなかった。

「な、なぜだ！」

「なぜもなにも。そう言う命令じゃろうが。イリス連合国は諸王会議の満場一致が原則。首都アルツールの防衛を任されたから、ワシはその責務を真っ当するだけじゃ」

「ふ、ふ、ふふざけるな！　貴様はどこの国の将軍だ！？　ヤアロス国であろうが！　ヤアロス国であろう？　ヤアロス国なんだよ！」

「……」

　アウヌクラス王が胸ぐらを掴み叫ぶ。そんな様子を、グライド将軍はただ見下ろした。

　そして。

「こともあろうに」

　ボソッと口にし。

　アウヌクラス王の胸ぐらを掴み返し、その身体を宙に上げた。

「あっちょ……ひっ……ひっ……いひぃ……」

「よくも、ワシにイリス連合国を……裏切れとそそのかしたのぉ！？　先王ビュバリオ様とともに創り上げてきたこの……イリス連合国を！」

「ひっ、ぐるじ……あ゛っ、あ゛あ゛っ……離しっ……」

　息を絶え絶えに悶える様子を、尋常ならざる殺気を持って睨みつける。

「ぐ、グライド将軍！　落ち着いてください！　ふ、ふ、不敬が過ぎます！　おは、お離しになってください」

　側にいたエロブス大臣が慌てふためきながら、尻を左右に振る。

　窒息する寸前に。

　ゆっくりと、グライド将軍は手を離す。

　アウヌクラス王はその場で倒れ込み、猛然と咳き込む。

「げほっ……げほっげほっげほ」

「思えば、あのバカ坊（シガー王）を、よくもあそこまでの無能に育て上げたものだ」

　グライド将軍は軽蔑の眼差しを向ける。

「ぐっ……わ、私がそうした訳ではない。本人の資質の問題だ」

「それもあっただろう。だが、どうしようもないほど腐らせたのは、貴様じゃ」

「ひっ……」

　とてつもない殺気が、アウヌクラ王の反論を封じた。

「貴様がすべきであったことは……託されていたことは、ビュバリオ王亡き後に諸王会議の意志をまとめ上げ、機能不全に陥らないよう調整することだった」

「そ、そんな御託……さっきから誰にものを言っている！？　ふ、ふ、ふ、不敬だぞ！」

「不敬？　まもなく、王の座から降ろされようとしている愚か者に形式的な礼など不要じゃろ」

「……っ」

　グライド将軍は、ハッキリと言いきった。

「そ、そ、そんなことはない！　そ、そ、そ、そんなはずがないのだ！」

「情勢を見れば、明らかじゃろう。もう、終わりじゃろ？　貴様は」

「……っ」

　次々と。信じられない言葉がアウヌクラス王に浴びせられる。いったい、この男は誰だ？　自分の知っているグライド将軍ではない。

　もう終わり？　なにを言っている？　イリス連合国の盟主の座が目の前だ。もう、目前に。すぐ、そこまで見えていたのに……ここまで来て。

　切り捨てられると言うのか……自分が。

　冗談じゃない。

「あ、あ、あの……無能王（シガー王）を選ぶと言うのか！？　しょ、正気か！　あんな者に任せていたら、やがて、イリス連合国は滅ぶ。私の方がーー」

「愚か者。どのみち、坊は切り捨てられて終わりじゃ。

「ど、ど、どう言う……」

　アウヌクラス王が口ごもっていると、グライド将軍は大きくため息をつく。

「本当に愚かじゃの。あの日和見の諸王たちが、貴様ら以外の盟主を画策しないとでも思ったか？」

「……っ」

　まさか。

「なんだ、知らなかったのか？　諸王はよくここに来ていたぞ？　ワシが会わなかったのは、貴様と坊だけじゃ」

「嘘だ！　そんな報告受けてないぞ！？」

「も、申し訳ありませーん」

「……っ」

　エロブスは尻を左右に振りながら謝罪する。

「諸王たちを導いたのはガジオ大臣じゃ。あの男は、そこのボンクラに気取られるような仕事はしない」

「あんの耄碌ジジイ！」

　アウヌクラス王は吐き捨てるように叫ぶ。やはり、あの時に殺しておけばよかった。満身創痍の身でありながら、しぶとく動いてやがったのか。

「だ、だが！　それでも、盟主となり得る王があの中にいるとは思えん！」

「はぁ……」

　三度ため息をつき。グライド将軍はアウヌクラス王の髪をガンづかみして、顔を近づける。

「わかってないのう。貴様よりマシなんじゃよ。遥かにな」

「ひっぎぃ……」

　ブチブチブチっと、白髪の抜ける音を聞きながら、アウヌクラス王は涙目を浮かべる。

「昔から、ガジオ大臣はイリス連合国の次の後継者を探していた。諸王（日和見）共にはロクな者がおらんが、息子にはマシな者もおる」

「……あり得ない！　嘘を言うな！　あの諸王（バカ）共の力関係は均衡している。どの国の王子であろうと、指名すれば誰かが否決する」

　そうだ。やはり、ハッタリだ。自分がいなくなれば、激しい盟主争いで機能不全に陥る。最悪、イリス連合国が解体される。

　やはり、自分がーー

「事前に選べばな」

「……っ」

「老獪じゃの、ガジオ大臣は。ヤツは諸王たちに次期盟主が誰なのかを告げなかった。どの国にも、盟主になれる機会（チャンス）があれば、自身の王子である可能性もある。貴様か坊のどちらかを選ぶか。それとも、自国の王子かもしれない者を選ぶか……一目瞭然じゃろ？」

「はっ……ぐっ……」

　アウヌクラス王はその場で突っ伏した。この窮地で。主導権があったのはシガー王（あの無能）でも自分でもなかった。

　主導権は、諸王たちの生殺与奪を握るグライド将軍。

　諸王たちが提案を飲まなかった場合、アウヌクラス王につくと言えば、首都アルツールは即刻クーデター軍の元に落ちる。

　それを拒める諸王は存在しない。

　やがて、グライド将軍は吐き捨てるように答える。

「イリス連合国は死なんよ。ワシが、ヘーゼン=ハイムを殺し、ノクタール国を滅ぼせば終わりじゃ。まあ、その前に貴様は終わるじゃろうから言っておく」

「ひっぐぅ……」

「さっさと朽ち果てビュバリオ王に詫びろ」

「……っ」