グライド将軍


           *


 クゼアニア国の首都アルツール。主城であるカルキレイズ城の城郭で、強靭な身体をした老人が遠方を見つめながら佇んでいた。


 救国の英雄グライド。


 イリス連合国を形成した時に、侵略する敵国の軍をことごとく打ち破り、文字通り救世主となった男である。


 年齢はすでに80歳を超えるが、強力な魔法使いは総じて寿命が長い傾向にある。衰えなど見せず、魔力、剣技ともに未だ充実期だ。


「こんなところにいたんですか。探しましたよ」


 そんな中、副将のゲイル将軍が大きくため息をつく。


「まったく、あなたと来たら……軍議に出てくださいよ」

「バージスト将軍は冷静な男じゃ。ワシに勝てん戦は挑まんよ。攻め込んでくるのは、もう少し先じゃ」

「……」


 参加していないのに、状況をピタリと言い当ててくる。確かに、クーデター軍は、周辺のクゼアニア国の地方勢力を飲み込み、首都アルツールに駐留するヤアロス国軍より強大になりつつある。


「それよりも。エロブス大臣が『会わせろ会わせろ』とうるさいんですよ。そろそろ、私の苦労も汲んでくれませんか?」

「会わん。今は、忙しいからな」

「ほ、包囲している敵軍を、ボーッと見ているだけでしょうが。もう、逃しませんよ。一緒に来てーー」


 ゲイル将軍が、そう言いかけた時。


「今から戦場に出る」


 グライド将軍は、そう言い残し。


「ちょ……えっ……ぐ、グライド将軍ーー」


 慌てふためく言葉を完全に無視して、城の壁を飛び上がり、数十メートルの高さから、地面へと軽々と着地した。


「ど、どうなってるんですか、あなたの身体構造は!?」

「それより、馬を連れてこい。空気が傾いているので、少し戻す」


 そう言い捨てて。


 グライド将軍は、前に向かって歩いていく。ゲイル将軍が大きくため息をついて、伝令に言って馬を準備させる。


「さて……」


 当然、眼前には、数万の大軍が広がっている。


 そして。


 屈強な老人は、少年のような気やすさで声をかけた。


「バージスト将軍ー! いるかー?」

「……」


 当然だが、返事はない。


「なんじゃ、つまらん。久々に一騎打ちでも興じようと思ったのに。本当におらんのか?」

「……」


 やはり、返事はない。


「ならば、仕方ないの。他、誰か! 『大将軍グライドの首を取ろう』と言う将軍や軍長はおらんのか! この首を取れば……イリス連合国は終わるぞ」

「……っ」


 屈強な老人は自身の首に右手を当てる。


 しかし、誰も返事はない。一人の老人の挑発に、数万の軍が微動だにしないと言う、なんとも奇妙な光景が繰り広げられていた。


「なんじゃ。こんな老ぼれが、そんなに怖いのか?」

「……」

「仕方ないの……では、主らの首をもらう」


 そう言って。グライド将軍は追いついてきた馬に跨り、単騎で敵陣に向かって駆け出す。


火炎槍かえんそう


 水平に軽く槍を動かしただけだった。しかし、たちどころに大炎が巻き起こり、一帯が火の海になる。数百人を越えるクーデター軍の兵たちは、たちまち火だるまとなった。


 火炎槍かえんそうには、一級宝珠が使用されている。シンプルだが、広範囲、限定範囲、遠近自由自在の強力な魔杖だ。


「う、うわあああああああああっ!」


 恐怖に駆られた兵たちが、耐えきれずに一斉に襲いかかってきた。 


 軽々と。


 グライド将軍は、縦横無尽に火炎槍かえんそうを動かす。そうしただけで、数千を超える兵たち灰さえ残らずに消滅した。


「まあ……こんなところかの」

「……っ」


 悠々と、そう言い残し。


 そして。


「バージスト将軍に伝えろ! 幾十万の大軍を引き入れたとしても、ワシを倒さなければイリス連合国に敗北はない!」


 そう叫びながら。


 もう片方の手で、鞘に収まっていた剣のような魔杖を抜く。すると、刀身から巨大な氷柱が次々と発生した。


 それは、瞬時に数キロメートル先へと拡がり、たちまち敵軍の前に巨大な氷壁を発生させた。


 絶氷ノ剣ぜつひょうのつるぎ。こちらも一級宝珠を使用した魔杖である。こちらも、瞬時に絶対零度の氷刃が伸び凍らせるという恐るべき魔杖だ。


 右手に槍。左手に剣。炎氷一体で戦場を駆け回るのが、グライドの基本スタイルである。


 愕然とするクーデター軍に対して、完全無防備な背中を見せ、グライド将軍は帰城し、悠然と手を挙げる。


「「「「「う、うおおおおおおおおおおおお!」」」」


 城内にいる兵11万から、湧き上がるような士気が立ち昇る。


「まったく……あなたって人は」

「さすがはバージスト将軍。徹底してこちらの誘いに乗ってこんわ」


 グライド将軍は、腰を叩きながら小さくため息をつく。


「イリス連合国本軍は間に合うでしょうか?」

「さて……な」


 そうつぶやいた時。


 伝令が息を切らしながら走ってきた。


「申し上げます! アウヌクラス王が直接来られまして」

「どけ! はぁ……はぁ……」


 目を真っ赤に充血させたアウヌクラス王が、伝令を突き飛ばして近づいてくる。グライド将軍は、少しだけ驚いた表情を浮かべていたが、やがて、片膝をついてひざまづく。


「お久しぶりです」

「ククク……やっと、会えたな。グライド将軍。なぜ、我が呼び出しに応じなかったのだ?」

「……敵を前にしてましたので」

「見ていたぞ! さすがは我がヤアロス国の至宝」

「……」


 グライド将軍は憮然とした表情を浮かべたまま、黙っている。


「王命をもって命ずる。我の横につき、諸王会議に出席をしろ」

「……軍人が議場でなにを話せと?」

「話す必要はない。ただ、いてくれればいい。そこで、私が同盟の破棄を提案する。その時の抑止力としていてもらいたいのだ」





























「えっ? じゃけど」

「……っ」

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