訪問


           *


 ヤアロス国のコンバル要塞が陥落した翌日。再度、諸王会議が開催されたが、一向に進展はなかった。アウヌクラス王も他の諸王も一貫してヤアロス国への連合国軍派遣に賛成票を投じる。


 だが、盟主シガー王が頑として否決を投じた。


 その翌日。クゼアニア国のゼルアスタン要塞が筆頭将軍バージスト将軍の説得に応じ、反旗を翻す。これで、クーデター軍は8万から11万に膨れ上がった。


 ついに、首都アルツールに駐在する軍の規模と同等になったのだ。


 流石に痺れを切らし始めた諸王たちが、一転してアウヌクラス王の説得を始める。このままでは、自分たちの身が危うくなってくる。


 まずは、クゼアニア国にイリス連合国の本軍を戻して、その間に協議をしようと言う提案を始めた。


 しかし、頑としてアウヌクラス王は否決を譲らなかった。


 否決に次ぐ否決が続き、諸王会議は機能不全に陥った。


 そして、次の日。


「あんのクソ無能クズ餓鬼が……」


 会議後、ヤアロス国のアウヌクラス王は、眼球を真っ赤に血走らせて罵詈雑言を吐き捨てた。


 あれから。


 何度も何度も道理を説明したが、一向に聞く耳を持たない。シガー王が頑として首を縦に振らないのだ。そして、目まぐるしく変わる状況に、雲行きがかなり怪しくなってきた。


 諸王たちの考えが揺れ始めている。昨日、個別訪問をし、説得を続けなんとか判断を留意させている始末だ。


 このままだと、非常にまずい事態になる。そろそろ、最悪の選択肢についても考えておかなくてはならない。


 すなわち、諸王会議脱退の提案である。


 イリス連合国の同盟を外れれば、ヤアロス国の軍を、首都アルツールから引き上げさせることもできる……いや、グライド将軍であればこの城を制圧すること自体が容易なはずだ。


「ぐっ……だが……」


 やりたくはない。そうすることによって、イリス連合国の次期盟主たる大義名分を完全に失うからだ。当然、諸王たちはそれを脅迫とみなし、猛反発をするだろう。


 そして……自分が生きている間は、その信頼が回復することはない。


 その判断は、長年夢に見てきたイリス連合国盟主の座を放棄するに等しい。だが、ノクタール国軍の進軍速度も、攻撃力も圧倒的だ。万が一のはずだったリスクが、今、目の前にある。


 アウヌクラス王は忌々しげに側近の大臣エロブス=ブルマを睨みつける。


「まだ、グライド将軍と連絡が取れんのか!?」


 ことを起こす前に、自身の身の安全を保証しなければならない。同盟脱退の発議をするその場には、グライド将軍が隣にいることが必須条件だからだ。


「そ、それが。目下、首都アルツールの防衛に忙しいとのことで……その……」


 エロブス大臣が、脂汗をかきながら口ごもる。


「それにしても、もう4日だぞ!? 『王である私が会いたい』と言ってることを、キチンと伝えたのか?」

「ひっ……」


 アウヌクラス王が胸ぐらを掴んで凄む。


「つ、伝えましたとも。そりゃもう、目一杯に」

「なら、なぜすぐに会いに来ない?」

「それが、その……『目下、首都アルツールの防衛で手が離せない』と一点張りで」

「……くそ!」


 悪い予感が的中した。グライド将軍は、明らかにアウヌクラス王を避けている。それは、『個別の指示は受けない』と言う意思表示とも取れる。


「……」


 思えば。アウヌクラス王とグライド将軍との間に、どれだけの信頼関係があっただろうか。自然とそれを省みずにはおれない。


 ヤアロス国は元々、敵国の領土と隣接していない。それ故に、戦争をするには他国に将兵を派遣するしかない。グライド将軍は、その指示に従順であった。


 ……しかし、それはイリス連合国の諸王会議で決められたことであり、別にアウヌクラス王に従順であった訳ではないのではないか。


 もちろん、ヤアロス国に属している以上、臣下の礼を尽くさないほど愚かな将軍でもない。だが、あの男が真に敬愛していたのは他でもない前盟主のビュバリオ王だ。


「はっ……ぐっ……」


 嫌な予感がどんどん支配していく。しかし、一方では自信もあった。アウヌクラス王は、ことあるごとにグライド将軍を諸王に自慢していたし、大将軍としての格に相応しい厚遇をしていた。


 元々、義を重視する性格で、実際に数十年以上もの付き合いだ。


 どっちだ……いったい、どっちだ……


「会いに行く」

「えっ!? 今からですか!」

「当たり前だ! すぐに支度をしろ!」


 怒鳴りながら、慌てて準備するアウヌクラス王に対して、エロブスは困惑しながらも制止する。


「ま、まずいですよ。ここは、クゼアニア国の居城です。おかしな動きをすれば、捕縛され、それこそシガー王に何をされるか」

「黙れ!」

「ひっ……」


 眼球を真っ赤にした老人は、小太りの大臣に自身の魔杖を突きつける。


「私を誰だと思っている? あのクソ無能の小僧如きの雑兵に捕らえられるほど、耄碌もうろくしてはおらん。早く準備しろ!」

「わ、わかりました!」


 エロブスは半泣きの表情を浮かべながら、渋々、部屋を出るアウヌクラス王の後について行った。




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