レゴラス城

           *


 ヤアロス国のハドレア城を3日で陥落させた後。


 ジオス王率いるノクタール国の本軍は、首都ゼルアークの前に立ちはだかるレゴラス城の前にいた。


 ノクタール国軍の兵はさらに5000人減り、残り2万余り。対して、ヤアロス国軍は6万。士気は高いが、兵士に疲労の色も見えてきた。


 そんな中。


 唯一、疲れの色を見せないヘーゼン=ハイムがレゴラス城を眺めながらつぶやく。


「ハドレア城は想像以上に手間取りました。なんとか挽回せねば」

「……す、数日しか掛かっていない大勝の状況で、そんな言葉を聞くとは思わなかったけどな」


 隣にいるジオス王は苦笑いを浮かべる。


 実際、神速の奇襲でほぼ無傷だった一戦目に加えて、二戦目は苦戦を強いられた。敵軍がキッチリと元雷鳴将軍ギザールの対策を施してきたからだ。


 ヘーゼンに対しても、地空列断じくうれつだんを放つためのタメを断固として起こさせなかった。


 ノクタール国軍の練度が高く、他の将兵の質で圧倒したため、なんとか陥落させることができたが、被害も想定以上だった。


「敵軍の士気が予想以上に高いです」

「……貴殿が読みを外すとは、珍しいな」


 ジオス王が、神妙な面持ちでつぶやく。


「そうですか? 案外多いですよ。万の策で数個ほどは」

「い、嫌味でなく事実なところがなおのこと憎たらしいな」


 ギザールが横から口を挟む。


「大将軍グライドの影響でしょうな。ヤアロス国の士気と練度が予想以上に高いのは」

「そこまで偉大か……」

「英雄というのは、そういうものです。いつまでも人の心に残り続ける。ヤアロス国全土の心を折るには、やはりグライド将軍を倒す必要がある」


 たとえ、首都ゼルアークを落としたとしても、アウヌクラス王が交代したとしても、彼らの心根は折れない。この感情は、非常に厄介だ。


「……」


 その時、伝書鳩デシトが手紙をくちばしに咥えて持ってきた。


 ヘーゼンはそれを読み、やがて、馬の首をトントントンと指で叩く。


「報告によると、グライド将軍がクゼアニア国で籠城するそうです」

「そちらも予測外か?」

「いえ。あり得る選択肢の一つですが、かなり、厳しいものです」


 イリス連合国という存在が、グライド将軍にとっていかに大事かがわかる決断だ。彼の人格的パーソナルな部分は分析しきれていなかったので、どちらに転んでも可能な算段はしていたが。


 ヘーゼンはこれまでバランスを取っていた。ヤアロス国の進軍を進め、クゼアニア国首都アルツールの進行を遅らせることで諸王会議の機能不全を生じさせた。


 しかし、ここにきて、アウヌクラス王の譲位。そして、首都アルツールにおいてのイリス連合国の本軍の参戦が決定した。


 もはや、侵攻を緩める必要はない。


 へーゼンはジオス王と幹部たちに向けて宣言する。


「私がクゼアニア国に単騎で向かいます」

「き、貴殿なしで残り2城を落とせと言うのか!?」


 ドグマ大将が驚いた表情を見せる。


「アウヌクラス王がイリス連合国によって解任されました。恐らく指揮系統は大混乱に陥ってガタガタになる。私なしでもいけるでしょう」


 それよりは。クゼアニア国の状況が深刻だ。クーデター軍は、すでに18万にも膨れ上がっている。しかし、グライド将軍はそれでも守り切れるという算段をしたのだ。


 結局のところ、イリス連合国の牙を折るには、グライド将軍の首を獲るしかないと言う事だ。


「元帝国将官のギボルグは借ります。攻速ノ信こうそくのしるしを常時発動させれば、7日あまりで到着するはずです」


 攻速ノ信こうそくのしるし。能力強化型の魔法である。広範囲の味方に対し、筋力強化と速度強化。この魔法の効果により、より早い進軍が可能だ。


 イリス連合国の本軍がクゼアニア国に戻る前までは、早くて12日余り。敵軍到着までに倒せば、全てを掌握することができる。


「じょ……常時って! 私を殺す気ですか!?」


 連日から魔法を掛け続けているギボルグが泣きそうな声で訴える。当然、攻速ノ信こうそくのしるしの単騎掛けも可能だが、基本的には集団魔法なので燃費が悪い。


「魔力が切れたら、こちらで使う。その間、があるから安心してくれ」


 へーゼンは満面の笑みで肩を叩く。


「それ……クシャラが飲んでるアレですか!? 精神が蝕まれて寿命が縮むって聞きましたけど!?」

「前者はそうだが、後者は違うな。縮む可能性がある、が正しい」

「き、気休めにもならない」

「ははっ……」

「じょ、冗談ジョークじゃないんですけど!?」


 ガビーンと。どこかの誰かさんのような表情を浮かべたギボルグは、やがて、幹部たちから肩をポンポンされていた。


 そんな部下の苦難を完全に無視して、へーゼンはジオス王の方を見る。


「と言う訳で、私は行きます。先に首都ゼルアークを落とせるようなら、王はこちらに来てください」

「……微塵にも負けるとは疑わないのだな」

「私は負ける算段は致しません」


 へーゼンはキッパリと言い切る。


「……」


 そのあまりにも迷いのない表情に。


 ジオス王は笑顔を浮かべて頷く。


「その台詞がここまで説得力を持つ者もいないな。わかった」

「ご武運を」


 それだけ答えて、へーゼンは早々にギボルグを連れて馬で颯爽と駆けて行った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る