イリス連合国本軍(3)
ジオウルフ城に到着した瞬間、誰もが唖然とした。城郭にも城内にも、防衛する兵が一人も存在していなかったからだ。当然、一通り捜索させたが、兵どころか住民すらほとんどいない。
「連れてきました」
その後、イリス連合国の兵たちが、強制的に城下町の老人を連れてきた。
「ノクタール国の兵たちは、どこに行ったんだ?」
軍師ケイオスが尋ねると、老人は怯えながら跪く。
「ろ、ロギアント城の方角に。ど、ど、どうかお助けを! 私らぁは、元々、地元民でイリス連合国出身です」
「……他に住民は?」
城下町を見渡すが、ほとんど人はいない。ジオウルフ城は、もっと住民が多かったはずだ。
「あの裏切り者たちは、み、みんなついて行きました。税を軽減され、施しを受け、ほいほいとついていったのです」
老人は、恨めしそうに答える。
わからない。ジオウルフ城を捨てて、他の城へ移動させて……いったい、何をする気だろう。
「いつ頃からだ?」
「住民が移動を始めたのは、1ヶ月ほど前です。兵たちのほとんどは一週間前からで、私らぁは出てかんように見張られてました」
「……」
「どう見る?」
ガイオス将軍が尋ねる。
「空城の計というものがある」
「罠を張られてるってことか?」
「……」
あえて自国の城を空の状態に見せ、敵の警戒心を誘う戦略である。しかし、当然、周囲に
ヘーゼン=ハイムがいったい何を狙っているのか、また、わからなくなった。
その時、伝令が、走ってきた。
「はぁ……はぁ……報告します! ノクタール本軍率いるジオス王が突如として出現! ヤアロス国のコンバル要塞を陥落させました!」
「……っ」
瞬間、軍師ケイオスの全身が総毛立つ。
「な、なぜ、国王が前線に!?」
「わかりません。ただ、紛れもなく事実だと。その機動力は疾風の如く、士気は鬼神のようであったと。一刻も持たずに城を奪還されたとのことです!」
「いっこ……」
ガリオス将が愕然とした。当然だ。イリス連合国でも5本の指に入ると謳われた堅固な要塞が、為す術もなく敗北の憂き目に遭ったのだ。
「……」
しかし。
軍師ケイオスは別の思考に至り。
そして。
「くくくく……くくくくははははははははははっ! ははははははははははははははは!」
大声で笑った。
「ど、どうしたんだ!」
「これが笑わずにいられるか? ヘーゼン=ハイムの打ってきた、この荒唐無稽な策略が!」
「お、おい! 説明しろ! どう言うことか、まったくわからんぞ! まずいのか!?」
「クク……いや、それどころか、最悪の悪手だ。相当な理論家で理想家。自信家の極地だな、ヘーゼン=ハイムという男は」
そう言い捨て、軍師ケイオスはすぐさま指示を出す。
「ダゴゼルガ城に5万の兵を向かわせろ。残りは、ロギアント城、ガダール要塞を経由し、首都キルヴァーナに向かい全速力だ」
「し、しかし……罠の可能性は?」
「ない! いいから馬を走らせるよう指示をしろ」
「わ、わかった……」
ガイオス将軍はすぐに兵に向かって、号令をかける。そして、数十分後に、軍は慌ただしく出発した。その速度は、大軍が取り得る限りの最速で、馬を走らせる。
道中。
隣にいるガリオス将軍が、堪えきれず尋ねる。
「いったいどう言うことだ!? そろそろ教えてくれ!」
「私の予測が確かならば、敵は……ヘーゼン=ハイムはノクタール国の首都ギルヴァーナに残存勢力を集結させたのだ」
「な、何のためにそんなことを……」
「3つある……1つは徹底籠城をして長期戦に持ち込むため」
「……」
ガリオス将軍はゴクリと生唾を飲む。
「2つ目。我々が途中で反転せずに深く入り込むために。我らに対して撒き餌を撒いてるのだ」
例えば、ジオウルフ城の攻防戦で諸王会議から撤退の命令が来れば、それだけ目的地に早く到着できる。それならば、最奥の首都キルヴァーナまで誘き寄せて雌雄を決しようと言うのだ。
そして、もう最後の手が……その考えが酷く残酷で業が深い。
「もう1つはなんだ?」
「間に合わない時に、勝ちを名乗り出るためにだ」
「はぁ!? わからないぞ! どういうことだよ」
困惑しながら尋ねると、軍師ケイオスはフッと笑った。
「誰が決めると思う?」
「あ?」
「戦の勝利の定義だよ」
「うー……小難しい話だな。敵を全滅させたら勝ちじゃないか?」
「全滅させられなかったら?」
「そりゃ……敵将の首を取ればいい」
「残りの兵たちが襲いかかってきてもか?」
「なら、全ての城を制圧すればいいだろ。要するに、それが言いたかったんだろう?」
ガリオス将軍はウンザリするように答えるが、ケイオスは明確に首を振る。
「戦の勝敗を決めるのは、実はすごく難しいことだ。明らかに劣勢な時でも、さまざまな言い訳をして自国に対し、勝ちを主張する国だってある」
「じゃ、どうやったら明確な勝ちになるんだよ」
「評価するのは、大陸だ」
「あん?」
「厳密に言えば、この大陸に存在する勢力全てだ」
戦争には、審判がいないように見えて、実はいるのだ。ノクタール国、イリス連合国、そして、自身を取り巻く周辺勢力が俯瞰から眺めて評価する。
「今回、ヘーゼン=ハイムがやろうとしているのは、
「定義したって……勝手に決めたって言うのか?」
「諸王の首を取り、勝利の狼煙をいち早くあげて、こちらの指揮官を駆逐する。要するに錯覚を起こさせようとしたわけだ。『敵国の王の首を取れば終わり』というルールを強引に敷いたんだ」
「……わからんな。そんなに難しい理屈じゃないぞ。敵将首を取れば勝ちだということだって十分に成り立つじゃないか」
その言葉に、軍師ケイオスは首を横に振る。
「それでは、誰も勝ちだと認めない」
「えっ?」
「恐らく、ヘーゼン=ハイムは土地を持たぬ異民族出身なのだろう」
領土に固執せぬ民は山には多数存在する。その民族にとっては、重視するべきは土地ではなく首長だ。すなわち、ノクタール国の民が全員殺されたとしても、王さえ生き残っていれば、そこがノクタール国なのだと主張するのだろう。
「しかし、それは平地に住まう者の文化を理解していない、いわばこじつけだ。民を見捨てた王がイリス連合国の人民……そして、大陸の国々からどう見られるかなど目に見えている」
たとえ、ジオス王が、諸王の首を引っ提げても、それは蛮行としか見なされない。大義名分と王の正当性を失えば、大陸の逆賊となるしかない。そして、それはもはや王とは呼べない。
「クク……しかし、奇特な考えの軍師もいたものだな。発想は面白いが、あまりに現実味が無さ過ぎる」
平地の人は道理を重視する。王はその国を統治する者である。したがって、その土地に住まう民を守らなければいけない。民を見捨て、代わりに敵の首を狙うのは蛮族の所業だ。
そんな勝利には何の意味もないのだ。
「なるほど……わかるようなわからないような」
「私もこんな手は見たことがない。はっきり言って天才的だ。だが、経験が浅い」
聞けば、ヘーゼン=ハイムは相当に若いと聞く。
間違いなく異端の軍才の持ち主だと言える。イリス連合国筆頭軍師であるケイオスは、自身の才を遥かに超えると自身で認めた。
だが、惜しむらくは、理想と理論が先行し過ぎると言うことだ。それには、現実味がまったく感じられない。
「恐らく、首都キルヴァーナに民衆を集めたのも、王の正当性を示すためのものだろう。『民衆が命を差し出すに値する王である』と喧伝をするため」
王の座る場所が玉座である。
間違いなく、ノクタール国はそう主張する。だが、そんなものは暴挙以外のなにものでもないのだ。その平地の感覚が、ヘーゼン=ハイムには欠如している。
「この戦、もらったぞ」
軍師ケイオスは勝ち誇ったように微笑んだ。ヘーゼン=ハイムは読み誤った。どれだけ早く進軍して、諸王全員の首を取ろうと、イリス連合国が真の意味で負けることはない。
諸王には代わりが存在するのだから。
3日後。イリス連合国はロギアント城へと至った。軍師ケイオスの予測通り、その場には一兵たりともいなかった。
「やはり……そのままガザール要塞へ向かい、あとは首都キルヴァーナで決戦だ」
軍師ケイオスが勝ち誇ったように声をあげ、全軍が全速力で馬を走らせる。
「しゅ、首都キルヴァーナに誰一人いません!」
「……っ」
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