イリス連合国本軍(2)


 軍師ケイオスは唖然とした。こんなことは、発生し得る想定事象の端にも引っ掛からなかったからだ。


「お、おい……どういうことだ!? いったい、どうなっている!」

「ちょっと黙っててくれ!」


 狼狽えるガリオス将軍を一喝し、軍師ケイオスはトントントンと馬の首を叩く。そして、脳内をフル回転させ、すぐさま、分析に取り掛かる。


「……十中八九、仕組まれていた。バージスト将軍とノクタール国は繋がっていると見ていい」


 ヤアロス国への進軍経路変更とクゼアニア国のクーデターの前後関係はわからないが、綿密にタイミングを測り実行に移したものだと言っていいだろう。


 これまでノクタール国が、強国クゼアニアのみを狙って攻め込んでいたことも、恐らくそのためだ。


 イリス連合国の盟主シガー王を執拗に責め立て、周囲から孤立させ、狂わせる。そして、誰から見ても一目瞭然の愚王へと仕立てた。


 一方で、同等の国力を持つヤアロス国のアウヌクラス王との確執を利用し、離間の計を企てた。


 人間の心理を巧妙に突いて、諸王の足並みを一刀両断したのだ。


「諸王方の狼狽する顔が目に浮かぶな」


 軍師ケイオスは思わず苦笑いを浮かべる。おおまかな情勢は把握している。大方、盟主シガー王とアウヌクラス王が仲違いをして、意見は割れる。


 恐らく、それも勘案して練られた手だ。


「戻るか?」

「いや、諸王会議の判断が降りるまではできない」


 間違いなく、場は大きく荒れる。戦力図が巧妙なバランスで成り立っており、結論がすぐには出ないだろう。


 ……今の情勢で戻る訳にはいかない。


 しかし、ガリオス将軍は納得せずに食ってかかる。


「なぜだ!? バージスト将軍は強いぞ!? このまま首都アルツールを攻められ、諸王が捕えられればどうする?」

「グライド将軍がいる。あの方の防衛ならば、そう簡単に落ちることはない」

「だ、だが……」

「落ち着け。我々、イリス連合軍は諸王の命令を覆す権限がない。新たな命令を受けない限りは」


 特に、この状況で動くといろいろとまずい事になる。ヤアロス国内は、そこまで将兵が強くない。必然的にアウヌクラス王は、自国への兵の派遣を要請するはずだ。


 一方で、シガー王はそれを阻止しようと諸王会議において否決を下す。そうなれば、アウヌクラス王も反発し、イリス連合国本軍を首都アルツールに戻すことに対して否決を下すはずだ。


 否決に次ぐ否決。


 絶妙な心理の天秤で仕組まれているが故に、結論が出るのは、もっと先のはずだ。彼らの判断を待つことなく動けば、下手をすれば独断専行と取られて軍法裁判にかけられる。


 気性の激しいシガー王や、アウヌクラス王ならやりかねない。先王ビュバリオが盟主であった時ならば、必ず現場判断を尊重してくれたが、今の諸王たちは信用ならない。


 数分の沈黙を経て。軍師ケイオスは伝令に指示をする。


「先遣隊を含む全軍を可能な限り走らせろ。邪魔をする者は問答無用で斬れ。これは、筆頭軍師としての指示だ」


 思考がクリアになってきた。道中を遮った平民たちも、恐らくはヘーゼン=ハイムの放った刺客だ。要するにあちらは早さで勝負しようとしているのだ。


 ヘーゼン=ハイムが、ヤアロス国とクゼアニア国を獲り、諸王たちを捕らえればノクタール国の勝ちだと主張する。


 まさしく、起死回生の一手だ。


 考えてみれば、ノクタール国がイリス連合国に勝つにはこれしかない。だが、思い返して納得するのと、立案し行動に移すことは天と地ほど違う。


 軍師ケイオスはヘーゼン=ハイムの巧緻な知謀に戦慄すら覚えた。


「い、いいのか? 本当に戻らなくても」

「信じろ。これが、最善で最短だ」


 不安な表情を浮かべる筆頭将軍に対し、自信満々を持って答える。要するに、ヤアロス国とクゼアニア国を落とされるまでに、ノクタール国の全拠点を制すればよいのだ。


 軍師ケイオスは負ける気がしなかった。


 順調に攻略をすれば、ノクタール国の首都キルヴァーナまでは10日とかからない。たとえ、ヘーゼン=ハイムの軍がヤアロス国の首都ゼルアークを脅かしたしても、移動距離だけで20日はかかる。


 万が一、電光戦で落としたとしても、先にノクタール国を滅ぼせば、孤立無縁になり、詰みだ。


 一方で、クゼアニア国の首都アルツールにはグライド将軍がいる。いかに、筆頭将軍バージストであろうと、同数の兵では攻略は困難だ。恐らく、周辺の拠点から援軍を募るはずだ。


 時間はまだあり、圧倒的に分があるのはイリス連合国軍だ。


「とは言え、ここからは早さの勝負だ。休憩はない。ノクタール国主城ザラバース城を落とすまではな」

「ははっ! 面白くなってきたな! わかった」


 ガリオス将軍は不敵に笑い、大きく手を挙げる。


「全軍全速力でしんぐ……」


 そう言いかけた時、先遣隊の軍長の馬が急いで駆けてきた。











 


















「じ、ジオウルフ城に兵が一人もいません」

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