イリス連合国本軍



           *


 イリス連合国の本軍が、ヘルバナス国のロクシア城を出発し5日が経過した。総勢40万の大軍勢は、急ぐことなく予定の経路を進軍していた。


 通常では、とうにジオウルフ城に到着している頃であるが、先遣隊が魔法罠トラップ除去と伏兵の捜索に大きく時間が割かれており、未だ半分の道のりといったところだ。


 それに、加えて。


「何事だ?」


 軍の足がまたも止まり、筆頭将軍のガリオス=シウグが尋ねる。


「そ、それが……家畜の群れが通っており、どうしても道を譲れないとゴネられてまして」

「はぁ、またか。もういい。休憩休憩」


 ボサボサ髪をかきながら、ガリオス将軍は大きくあくびをする。進軍中、たびたびアクシデントが起こり、中断を余儀なくされる。


 平民出身で人の良いガリオスは、ノクタール国の民が困っていれば、進軍を止めて手助けをするよう兵を派遣している。


 そんな好漢を好ましく思いながらも、筆頭軍師ケイオス=ビルドは、立場上、苦言を吐かざるを得ない。


「本当にお人好しなやつだな。どうせ、未来は奴隷だ。悲惨な結末は変わらん」

「お上の御意向があれば、それに従うだけだ。だが、それ以外のことは、自分の好きにやらせてもらうさ」

「……はぁ」


 ガリオス将軍は意にも介さない。この男、実力も統率も申し分ないのだが、性格的にも大味なところに難がある。軍師ケイオスは深くため息をつく。


「別に急ぐ必要もあるまい。先遣隊も手間取っているようだし、ゆっくりと行くさ」

「……」


 確かに急いではいないので、問題はない。だが、一度足を止めて再び動き出すのは、大軍勢では時間がかかる。


 先遣隊から進軍の許可が出ても、動き出しに数十分ロスをする。一度であれば、そこまで大きくはないが、これだけ重なると偶然にしては少し妙だ。


「……進軍が計画よりもかなり遅いな」


 軍師のケイオスが羊皮紙に書かれた地図を見ながらつぶやく。


「先遣隊がダラダラし過ぎなんじゃないか?」

魔法罠トラップが意外と難儀なんだ。先遣隊も苦労しているようだ」


 今回仕掛けられた魔法罠トラップは殺傷能力がほとんどない代わりに目新しいものも多い。すなわち、慣れない手法での解除に、多くの時間が割かれているのだ。


「幾万か別働隊をだすか? これだけ大軍では、機敏に身動きを取るのも辛い。なんなら、俺が行ったっていい」

「意味もなく、急ぐな。敵の思う壺だ。こちらが焦れて進軍を早めるのを待っているのかもしれない」

「では、どうする?」

「……多少時間がかかっても、今と同じ速度で進む」


 軍師ケイオスは、そう判断する。兵站は潤沢にあるのだ。そんな中で、圧倒的な軍力差がある敵に奇策などは不要だ。凡戦でいい。ただ、愚直に進軍し、拠点を1つ1つ奪うのみだ。


「……」


 だが、彼の脳内で、別の声も語りかける。それは、戦略的思考に耽っている時に聞こえる、もう一人の自分の声だ。


 これで、いいのか? と。


「なにを考えている?」

「……ノクタール国本軍の足取りが消えたことが気になっている」


 確かに4日前。彼らはジオウルフ城を出発した。ここまでは伝令が確かに確認した。だが、その後。夜が明けてから突如として姿を消したのだ。


 すぐに、考え得る限界域まで動向を調査させたが、姿も形もなかった。


 当然、限界域以上の移動している可能性も探った。


 だが、将軍や軍長はそれを『あり得ない』と笑った。他ならぬケイオスもそうだった。最前線で戦っている者ほど、それは現実的でないと断じる。


 数百の部隊ならばあり得るだろう。速度特化の精兵を集めれば、それでもギリギリだが叩き出せない距離ではない。


 だが、数万という大軍勢でそれをするには不可能に近い。西方の竜騎兵ドラグーン隊ならばともかく、通常の馬ではどうしようもない。


「実際にお前が『あり得ない』と判断して、伏兵を探ったんだろうが」


 ガリオスは怪訝な表情を浮かべる。


「……そうなのだが」


 実際、かなりの先遣隊がノクタール国本軍の潜伏先を探ったが見つけることができなかった。それもあって、進軍速度をかなり落として、警戒を高くしている。


 だが、煙のように3万の兵が消えることなどあり得ない。


 なんだろう。この違和感は。初めから化かされているような感覚が抜けない。敵の狙いがわからずに気持ちが悪い。


 そもそも、なぜノクタール国軍がイリス連合国に宣戦布告などしたのか。勝機があると考えるのは、相当に無謀だ。


 だが、事実。ノクタール国軍は一見無謀だと思われる戦をことごとく制してきた。ガダール要塞、ロギアント城、ダゴゼルガ城、ジオウルフ城。その全てが強国クゼアニアの領土で、決して簡単に獲れる領土ではない。


 その破竹の快進撃を為したのが、元帝国将官のヘーゼン=ハイム。


 大将軍級という評判だったが、先日、ダゴゼルガ城での攻防で将軍3人に敗北したという。その報告から推しはかると、グライド将軍の足元にも及ばないというのが、イリス連合国の分析だ。


 だが、それならば……無謀にもイリス連合国に宣戦布告などをするだろうか。


 グルグルグルグルと思考が何周も同じ場所を回る。この戦には、あまりにも不可解なことが多過ぎる。


「ケイオス。お前は心配し過ぎだ」

「……」


 その時、ガリオス将軍が声をかける。


「ああは、言ったがお前の策で間違いはない。注意すべきは伏兵による奇襲のみだ」

「……」

「万が一、ノクタール国本軍3万の兵がクゼアニア国に向かっているのなら、残りは多くて7万余りと戦うだけだろ。例え、相手方に大将軍級の人物がいようとこの戦況は覆らない。お前の策ではどちらでも負けがない」

「……わかっている」


 奇策はあくまで奇策でしかない。愚直にジリジリと進軍をしていけば、勝敗は揺るぎない。この大軍勢で戦えば勝利は疑いない。


 それは、わかっているのだ。


 軍師ケイオスは迷いを振り払い、ガリオス将軍に笑いかける。


「そろそろ、ジオウルフ城に到着する。暴れる準備をしておけ」

「わかってる。身体もかなり、鈍ってきた……いっちょやったるか!」


 屈強な男は、快活な声で応じた。


 そんな中。


 伝令が息を切らしながら走ってくる。
























「申し上げます! ノクタール本軍が突如姿を現しヤアロス国に向かって進軍変更! また、クゼアニア国の筆頭将軍バージストが離反。8万の軍勢で首都アルツールに向けて進軍しました!」

「……っ」

 

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