予断



「勝利の凱歌をあげよ!」


 ジオス王がそう叫ぶと、割れんばかりの歓声が周囲を支配した。


「「「「おおおおおおおおおおっーーー!」」」」


 将兵は疲れを忘れ、歓喜の雄叫びを上げる。


 殊更にノクタール国将兵の声は大きかった。弱小国に生まれ、周辺国に対し常に遜るような、卑屈な生き方を強いられてきた彼らに取って、真なる王と新たな時代の到来を肌で感じていた。


 だが、熱狂で周囲が湧き立つ中でも、ヘーゼンは冷静に将官たちに指示を出す。


「5千のノクタール国兵は、要塞内の完全掌握。残りの兵は一刻の休養を経て、ハドレア城へと向かう」

「さ、さすがに休憩が少なくないか?」


 隣にいたギザールがウンザリするような表情で尋ねる。


「どうせ、このテンションでは眠れない。ならば、動けるだけ動いて疲れが極限に達したところで眠ればいい」

「お、鬼過ぎる……」


 いつも通り、ぶちぶち不満を言いながらも、ギザールはいつも通り、指示に従う。


「2手に分けるのか?」


 今度は、ドグマ大将が尋ねた。


「要塞に最低限の兵を残しておかねば、逃亡兵が集結し後続を突かれます」

「しかし、残りの兵で2つの城と首都ゼルアークを落とせるか?」

「策は考えておりますが、かなり厳しいものです」


 ハドレア城には4万の兵が、レゴラス城には6万の兵がいる。この2拠点を突破したとしても、首都ゼルアークには8万。将兵の疲労が極限に達する中、更に強大な戦力と対峙しなくてはならない。


 やがて、ジオス王が戻ってきた。


「ふぅ……」

「陛下もお休みになってください。休憩は一刻だけです。彼らの熱が冷めるのは、まだ当分先だ」

「……ヘーゼン=ハイム。君は休まないのか?」

「情報収集がございます」


 そう言って、次から次へと飛んでくる伝書鳩デシトの手紙に目を通していく。その様子を見ながら、ジオス王は思わず呆れた。


「睡眠がなければ、思考が衰えるのではなかったか?」

「すでに、ほとんど思考はしておりません。各所の進捗状況を確認し、考えた戦術に当てはめているだけです」

「……それを思考と言うのだと思うのだが。どんな脳内回路をしているのか、皆目見当がつかないな」

「普通です」

「……」


 絶対に普通ではない、と言いた気なジオス王を無視して、ヘーゼンは次々と伝書鳩デシトの手紙に目を走らせて行く。


「諸王会議は、予測よりもかなり判断を遅らせてますな」

「このまま判断を下さないということは?」

「ない、とは言いませんが、可能性は低いでしょうな」


 状況は刻一刻と流れていく。今は、それに追いついていないだけだ。だが、待ち行く未来さきに見える道は徐々に狭まって行き、いずれは一つになる。


 そうなれば、彼らはまず結論を下すだろう。


「クゼアニア国に対するクーデターの状況は?」

「2万は、ゼルアスタン要塞を根城とすべく扇動に回ってます。残りの6万は首都を取り囲むように配備させてます」

「攻め込まないのか?」

「それをすると、各所の判断が早くなります。それは、まずい」

「……どういうことだ?」

「諸王会議は現状、意見の対立で機能不全に陥っているが、実は簡単な解決法があるのです」

「……ヤアロス国のアウヌクラス王を切るということか?」


 ジオス王が尋ねると、ヘーゼンは頷いた。


「今まで諸王たちはアウヌクラス王の側であり、シガー王を盟主の座から下ろしたがっている。だから、悩んでいるのだと思います」

「……」

「だが、自分たちがいよいよ命の危険に晒されれば、遠い未来さきなど考えなくなってくる。そうすれば、彼らは確実に彼を切ります」


 イリス連合国の盟主は、諸王の3分の2の賛成を得られれば、その国の王に譲位を言い渡すことができる。


 今は、未来さき現在いまを天秤にかけられている状態だ。傾いてはいるが、一方に倒れてはいない。ギリギリまで、均衡を保っておく必要があるのだ。


「当然、時間をおけばアウヌクラス王も気づいてくるでしょう。今後、諸王に対しての盤外戦が一層激しくなるはずです」

「……どう読む?」

「アウヌクラス王側も手段がなくもないです。それが一番、我々にとってはーー」


 そう言いかけてヘーゼンは首を振った。


「やめましょう。今は、予断が必要な時ではない」




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