制圧
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ヘーゼンは息をきらしながら天を仰ぎ、馬の速度を足で緩める。城門は両断されて崩れ落ち、王旗に釣られて出てきた将兵のほとんどが即死した。
なんとか躱した兵たちも、その規格外の威力に圧倒され、蜘蛛の子を散らしたように逃げてゆく。
先ほどまでうるさかった敵軍の声が、一瞬にして消えた。
それでも。
ジオス王の馬は止まらない。
染まった血と死体を踏みつけ駆け、門へと向かう。
「用心してください。来ます」
ヘーゼンの攻撃を見慣れているギザールは、敵兵とは違って浮き足立たない。前方から続々と出てくる兵たちを眺めながら声をかける。
目論見通りジオス王に釣られて、一斉に集まってくる。
元ディオルド公国の将軍は、その中から冷静に軍長格を見つけ出し、指をさす。
「一撃で示されるがいいでしょう。武人としての王の威を」
「……わかっている」
ジオス王は自身の手に魔杖を構える。豪奢な宝飾が施された切れ味の鋭そうな長槍の形をしている。
「我! ノクタール国国王ジオス! この国を貰い受けに来た!」
そう叫ぶと。
背中から台風のような怒号が降り注ぐ。
「む、無謀な! 貴様は大陸一の愚かな王だ! 私は軍長のプゥオール! その首を貰い受ける!」
軍長らしき男は、負けじと檄を飛ばしながらも、その威に圧倒されたじろぐ。
一瞬だった。
「
ジオス王が声を出し、自身の魔杖を振るう。すると、燕の形をした斬撃刃が飛翔する。慌ててのけ反り躱そうとする敵軍長の動きに併せ、軌道を操作し喉元を貫く。
一撃で、軍長は落馬し絶命した。
瞬間、背中から、ノクタール国軍の歓声が降り注ぐ。
だが、かなりの集中を要したのか、ジオス王は激しく息を切らす。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「もう結構。あとは、我々に任せてください」
ジオス王の馬を追い越し、ギザールが先導する。
やがて。
要塞の中から、一際目立った鎧を着た者が出てきた。
「我はイリス連合国将軍のグリディナ=ガラザル! ジオス王よ! その武を誇らんとするならば、いざ尋常にーー」
口上を述べていた瞬間。
その将軍の首が飛翔した。
首のなくなった胴体が遅れて倒れ、血が吹き出す。
常人には確認できない高速斬り。
地面でコロコロと転がった頭部は、斬られたこと自体気づいていないような表情を浮かべていた。
「はぁ……はぁ……味方ながら、恐ろしいな」
ヘーゼンは、かつて『雷鳴将軍』とまで謳われた魔法使いを称賛する。実際、近距離まで近づけば、この能力はほぼ無敵だ。
まあ、相手の将軍の能力が想定よりも低かった。こちらの魔杖も把握せず、不用意に一騎打ちなど仕掛けた結果でもあるのだが。
やがて。
ノクタール国本軍とヤアロス国軍の部隊が全面に衝突する。その決着の行方は、数分も経たずに誰もが確信した。
常に最前線で戦っていたノクタール国軍の精兵。そして、帝国屈指の練兵で鍛え上げてきた鉄騎兵隊。他ならぬ王が最前線の戦場に立つため、命を燃やさんとするほど士気が高い。
一方で。どこの戦地にも面さず、平々凡々な訓練に明け暮れていた敵兵。そこには、死を感じ、ヒリヒリするような感覚もない。奇襲によって、戦場への準備ももたず、すでに、将軍、軍長のほとんどが戦死した始末。
練度の差は明確。ましてや、士気の差は比較にもならない。たちまち、敵兵はノクタール国軍の猛攻に呑まれて駆逐されていった。
「やはり……ハリボテだったか」
戦況を眺めながら、ヘーゼンはつぶやく。
堅固な要塞という評は、あくまでヤアロス国のアウヌクラス王が創り上げたものだったのだろう。
見てくれの設備も兵数も申し分はない。
だが、将軍や軍長、将兵たちが明らかに戦慣れをしていない。たとえ同じ階級でも、クゼアニア国で戦ったロギアント城、ジオウルフ城で戦った将兵たちとは格が違う。
やがて。
伝令の馬が、へーゼンに向かって近づいてくる。
「制圧しました!」
「わかった。では、ノクタール国国旗を掲げよ」
1時間34分で、コンバル要塞は陥落した。
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