アウヌクラス王(2)
アウヌクラス王は、思わず聞き返した。もちろん、耳が遠い訳ではない。伝令の言っている事が全く意味不明で、理解不能だったからだ。
……いや、違う。
そんなはずはない。幻聴だ。年齢が90歳を超えているだけあって、耳が弱くなっているのだ。もしくは、疲れているのかもしれない。最近は
もしくは、無能が
アウヌクラス王は、自身に
「クク……すまないな。私も歳だから若干耳が遠くてな。もう一度言ってくれるか?」
「は、はい! クゼアニア国のゼルアスタン要塞を越える前に、ノクタール国の本軍が進路を変更し、ヤアロス国の首都ゼルアークに向かっております!」
「……」
「……」
!?
「ば、ばばばばば馬鹿な!? そんな訳あるか! 何かの間違いだろう?」
アウヌクラス王は、狼狽しながら伝令に叫ぶ。
「い、いえ。確かな情報です」
「……っ」
とてもではないが、信じられない。諸王たちも同じような感想を抱いたようで、皆一様に顔を見合わせている。
地理的に言えば、ヤアロス国とクゼアニア国は隣接している。ゼルアスタン要塞からも、他の国々よりは一番近い距離にある。
だが、それでも首都ゼルアークに至るまでは、コンバル要塞、ハドレア城、レゴラス城という堅固と名高い3拠点を通過しなければならない。
一度の戦闘で3拠点を超えることなどあり得ない。
……いや、しかし。
グルグルグルグル。高速でアウヌクラス王が自拠点の戦力と派兵の状況を分析する。通常であれば、絶対にあり得ない。だが、現時点でのヤアロス国の戦力を照合すると、嫌な予感がどんどん強くなる。
「とうとう気でも狂いましたか。ノクタール国軍は」「破れかぶれもいいところだ。ねえ、アウヌクラス王」「いくらなんでも自殺願望が過ぎますな。はははははは!」「やはり弱小国には相当な馬鹿しかーー」
「うるさい! 少し黙っていてくれ!」
「「「「「……」」」」」
アウヌクラス王の怒鳴り声で、場がシンと静まり返った。
「あっ……いや、その……ははっ! その、はははっ! 余裕とは言えど『油断は禁物だ!』という言葉もありますし……ねえ?」
思わず引き攣り笑いで誤魔化すが、脳内はそれどころではない。現在のヤアロス国の懐事情は、大きく変わっている。
先日、10万の兵をダゴゼルガ城攻略に使ったばかりだ。それが、敗北の憂き目に遭い、半数となって帰ってきた。また、ヤアロス国として今回の連合軍の戦に追加で10万もの兵を拠出した。
実質使える兵は残り15万余り。
肝心のグライド将軍は、クゼアニア国の首都アルツールで防衛の任を受けている。他の将軍も十人ほどいるが、諸国の将軍より質が劣っているのが現状だ。
元々、ヤアロス国は敵国に隣接する領地はないのだ。アウヌクラス王は諸王に対して威を示すため、自国の防衛をかなり薄くしていた。
一方で、強力な将軍をどんどん遠方の戦地に派遣した。従って、一線級の将軍は、すべて外へと出してしまっている状況だ。
今回のノクタール国への派兵もそうだ。大盤振る舞いをしてしまったがために、二線級の将軍、軍長しか残っていない。
瞬間、ブワッとアウヌクラス王の背中から汗を噴き出る。
ヘーゼン=ハイムの実力は疑いようがない。グライド将軍ほどではないにしろ、帝国の中将級であることは疑いようのない事実だ。
また、ガダール要塞、ロギアント城、ジオウルフ城、ダゴゼルガ城など次々と拠点を落としてきたことから、攻城能力においては大陸屈指だと言える。
もしかすると……もしかすると……アウヌクラス王の脳内に最悪の光景が巡り巡る。なんとか方向転換を図らなければいけない。
こんなところで、つまらない石ころにつまずく可能性など1%だってあってはいけないのだ。
「あ、あの……アウヌクラス王? 大丈夫ですか?」
「……いや、その。そ、そうだ! 油断は大敵だと! クゼアニア国でも、その点を突かれて敗北の憂き目にあったんでしたな。諸王方、我々は万が一にも負ける事があってはならない。ここは、万全には万全を期して、グライド将軍を首都ゼルアークにーー」
「否決だ」
「……っ」
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