アウヌクラス王
*
クゼアニア国の主城であるカルキレイズ城。今宵、開催される諸王会議の議長は、ヤアロス国のアウヌクラス王だった。
諸王たちがリラックスして談笑する一方で、シガー王は、沈んでいる様子で会話もせずに下を向き続けていた。
「クク……」
その様子を見ながら、アウヌクラス王は嘲けたような笑みを漏らす。
本来であれば、苦々しい話題を放りこまなければならなかった。ギリギリまで攻めこんでいたダゴゼルガ城からの撤退報告。今回は、その言い訳に終始しなければいけないと思っていた。
そんな中、新しい餌が入った。
やはり、自分はツイているとアウヌクラス王はほくそえんだ。
「緊急事態につき予定されていた議題を変更いたします。えー……ノクタール国軍の別動隊が、クゼアニア国のゼルアスタン要塞に向かって進軍しているという報告が入りました。その数は3千と寡兵ながら、敵軍はすでに国内に侵入。挟撃を狙っているものと見えます」
原稿を読み上げた瞬間、呆れ声と嘲笑が入り混じった。当然だ。3日前にイリス連合国40万の本軍がノクタール国に向かって進軍したばかりだ。
今更、何をしようともこの有利は覆らない。
「どうですかね? これ以上に支援が必要ですかな」
「……」
アウヌクラス王は、あえてシガー王に話題を振る。しかし、当の
なんだ、つまらない。
情けなく支援を求めたり、激昂して喚き散らしていれば、まだ可愛げがあったものを。本当にクズな盟主だとアウヌクラス王は舌打ちをする。
放心状態のクズは放っておいて、次に、諸王たちに話を振る。
「諸王方はどう思われますか?」
「うーむ。まあ、このままで問題ないのでは? 今更大勢が変わるわけでもない。首都アルツールまでは辿り着けないでしょう」
「ですな。そもそも、そのためにアウヌクラス王がグライド将軍を派遣いただいた訳ですし」
「十分でしょう。最後の悪あがきをしているだけかと思いますよ。そもそも、我が連合軍は40万余りの兵たちで攻めこんでいるのだ。首都アルツールに辿り着く前に戻っていくのでは?」
「その前に降伏する可能性もあり得るのでは?」
「あり得ますな」
諸王たちから笑い声が漏れる。
そんな中。
シガー王が突如として口を開く。
「先日、ヤアロス国が単独でダゴゼルガ城に攻め入ったと聞いた。どう言うつもりだ?」
「ああ、その話ですか」
アウヌクラス王はチッと心の中で舌打ちをする。相変わらず冷めた話題で場を凍らせる。空気が読めないのもいい加減にしろ。
「なに……連合軍として戦う前に、相手の戦力がどの程度のものかを確認したかったのですよ。あなたが、ヘーゼン=ハイム、ヘーゼン=ハイムとさも大将軍のように言うから」
「……」
「まあ、将軍であれば上の方でしょうな。帝国でも中将級の実力はあるかと思いますが、我がグライド将軍ほどの力量ではないと自信を持って言えます」
「では、なぜ負けたのだ?」
「……」
うるさい蝿のような男だとアウヌクラスは苦々しい表情を浮かべる。
「別に敗走した訳ではありません。大方の戦力分析が終わったので、撤退をしたまでのこと。後にイリス連合国の本軍がくるのもわかってましたし。作戦のうちです」
「……そんなものは、後からいくらでも言える。本当は、この隙に乗じて我が領地を単独で奪おうとしたのだろう?」
「はぁ……誇大妄想も甚だしいですな。諸王方、どう思いますか?」
アウヌクラス王が聞き返す。
「ま、まあ、結果として撤退をしている訳ですし」「戦力分析をする上で先遣隊は必要ですしね」「流石にそんなことはなさらないと思いますよ」「アウヌクラス王のお人柄でそんなことは考えにくいと」
「……っ」
次々と擁護する発言が飛び、シガー王は顔を歪める。それを見て、アウヌクラス王は再び笑みを漏らす。
まさか、公平に諸王が判断するとでも本気で思っていたのか? バカ過ぎるにもほどがある。こちらの印象を必死に下げたいのだろうが、もう誰もお前の話などに耳を貸さないんだよ。
はい、お疲れ様、
「クク……ほら、そんな風に思っているのは、あなただけですよ?」
「……」
下を向いて目をバッキバキに目を血走らせているシガー王を、まるで、子どもをあやすかのように諭す。もう、誰もお前についていく者などいない。後は、次回の盟主選定の時まで、邪魔をせずに座っておけばいい。
そんな中。
「恐れながら申し上げます」
その時、末席に控えていた老人がひざまずく。ガジオ大臣。先代盟主でシガーの父でもあったビュナリオ元王の筆頭大臣である。
アウヌクラス王を筆頭に、古参の諸王ならば誰もが知っている聡明な忠臣だ。
「どうか、援軍を派遣してください。ノクタール国軍の中には、あのヘーゼン=ハイムがいるという報告も入ってます」
「……おお、久しぶりだな。ガジオ大臣。元気だったか?」
諸王会議では、原則として王以外の発言を禁止している。元功臣だからとは言え、それは変わらない。最初は即刻追い出そうとも考えた。
だが、今まで俯いていたシガー王が急に表情を歪めたところで気が変わった。
これは面白い余興になりそうだ。
「ところで、いつからガジオ大臣はクゼアニア国の代表になったのですかな?」
「……っ」
そう言うと。
ドッと周囲が笑い出す。目をバッキバキに血走らせたシガー王は顔も林檎のように赤くする。
「ガジオ……貴様、どの立場でものを言っている? 控えろ」
「我が軍は8万もの兵で別動隊を追っていますが、ヘーゼン=ハイムは侮れぬ男です。奇策を準備している可能性も十分に考えられる」
「なるほど……で、どうですかな? シガー王。助けて欲しいのですか?」
「……っ、貴様っ!」
突如として立ち上がり、ガジオ大臣の胸ぐらを掴む。
「どこまで私を愚弄すれば気が済むのだ!? これだけバカにされて、まだ貴様はこいつらに頭を下げるのか?」
「クゼアニア国のためです。万が一にでも首都アルツールが陥落されようものなら、先王ビュバリオ様にも申し訳が立ちません」
「……っ、ふざけるな!」
シガー王は思いきりガジオ大臣の頬を殴る。瞬間、アウヌクラス王は笑いを堪える。大した
「ふぅー……ふぅ……」
「クク……そんなに怯えないでくださいよ。ちゃーんと、守って差し上げますから。首都アルツールには、グライド将軍がいる。それが、何よりの安全だ」
「……そこを何とか。ヘーゼン=ハイムに我が将軍が何人殺されたか……決して、侮れない人物です。首都アルツールが脅かされれば諸王方の命も危うくなります」
それでもガジオ大臣はひざまずき、懇願する。
「クククク……ノクタール国のような弱小国家を恐る諸王など、ここには誰一人としていませんよ。あなた方以外は……ねぇ?」
アウヌクラス王の言葉に、諸王の全員が相槌を打つ。
「……ガジオおおおおおおおおおっ! 貴様っ!」
シガー王は老人にマウントを取り、何度も何度もぶん殴る。鮮血が舞い、意識を失っても……何度も何度も。
止める諸王は誰もいない。
「……ふぐぅ」
アウヌクラス王は、笑いが堪えきれずに吐き出す。どうだ、見ているかビュバリオ王。貴様が愛した国は、臣下は、貴様が残した
もっと、壊れろ。
もっと……もっともっと。
数分ほど経っただろうか。そろそろお開きにしようと、声をかけようとすると、伝令が息を切らしながら走ってきた。
「いったい、何だ?」
今、いいところーー
「の、ノクタール国の本軍が進路を変え、ヤアロス国の首都ゼルアークに向かってます」
「あ?」
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