ラスベル
*
適宜、判断して行動しろ。
「……っ。はぁ……はぁ……」
ラスベルは、うなされながらベッドから飛び起きた。嫌な夢だった。ヘーゼンに指示され、自分が右往左往して何もできない光景を、俯瞰で眺めている屈辱的な光景。
ここは、クゼアニア国のボルサ村である。首都アルツールとは目と鼻の先の地点にある。目下、彼女はここに潜伏し、イリス連合国との決戦に備えて準備をしている。
「
「……はぁ」
元海賊のベルコックが、無遠慮に、デリカシーなく、元気よく、寝室に入ってくる。帝国にいた頃は、不審な男が部屋に踏み込んでくることなどあり得なかった。
だが、
「ちょっと、夢で不吉な声が」
「そうですか。もし、よければ俺が添い寝しましょうか? げへっ、げへへ」
「よ、よくない」
雑に元海賊を足蹴にしてあしらいながら、ラスベルは外へと出た。満月が綺麗な夜だ。大きく伸びをして、腕を伸ばす。
「タイミングなんて……どうやって図れってのよ」
誰もいない場所で、思わず愚痴る。
約1ヶ月前に海上輸送で、ラスベルは元海賊のペルコックの力を借り、小規模の物資と兵を何度もボルサ村へと送り込んだ。
結果して、特務隊3千がこの場に待機している。
ボルサ村での潜入作戦は、イリス連合国との決戦での核となる……はずなのだが、目下途方に暮れているのも事実だ。
一方で、首都アルツールでは、商人ナンダルと執事のモズコールが、軍事クーデターを画策中である。報告によると、筆頭将軍のバージストを味方に引き入れたらしく、相変わらず有能な商人と変態である。
クーデターのタイミングに呼応して特務隊で扇動を行うことも可能だが、首都アルツールにはグライド将軍率いるヤアロス国軍が配備している。
果たして、イリス連合国の守護神と謳われるほどの大将軍を出しぬき、兵を上手く扇動させられるのだろうか。
「う゛ーっ……」
ラスベルは思わず頭を抱える。
その時、元海賊のブジョノアが息をきらしながら走ってきた。ラスベルのもう一人の副官である。
「はぁ……はぁ……姐さん! クゼアニア国のゼルアスタン要塞に向かってノクタール国軍が進軍しました」
「あと、どれくらいで到着する?」
「早くても7日ほどかと」
「……っ」
ついに、その時がきた。瞬間、ラスベルの頭が高速で回転し、激しく熱を帯びる。ヘーゼンの行動から、今まで考えていた無数の道筋が一つに集まってくる。
「出ましょう。挟み撃ちにする」
「ぎゃ、逆を行くって言うんですか!?」
駆けつけてきた元海賊のベルコックが、驚きながら尋ねてくる。当然だ。これまで伝えていた策は、首都アルツールのクーデターを起点とした戦術だった。
だが、違う。
ヘーゼンが先んじて行動をしたことによって、違うと言うことがわかった。むしろ、逆。
誘い出すことこそが正解なのだ。
「派手に行くわよ。クゼアニア首都アルツールにすぐ報が行くように」
「……っ、なるほど! さすが、姐さん」
ブジョノアがパチンと指を鳴らして叫ぶ。
特務隊の兵は3千。
少数精鋭とは言えど、一つの拠点を落とすには少な過ぎる。扇動するにも、首都アルツール内では容易にはいかない。
要するに使い所だ。
ゼルアスタン要塞の内側から攻撃するとなれば、ノクタール国本軍との挟み撃ちになる。救援のために、クゼアニア国は首都アルツールから軍を出さざるを得ない。
仮にグライド将軍が出てくれば、首都アルツールでバージスト将軍がクーデターを起こしラスベルと挟み撃ちだ。
逆にバージスト将軍が、数万単位の兵を率いて出撃すれば、首都付近で突如として反旗を翻したノクタール国軍の誕生だ。
商人ナンダルがどの程度軍部と接触できているかわからないが、賭けとしては申し分ない。
「で、でも姐さん! まだ、ノクタール国の本軍が到着するのは6日ほどかかります。俺たちの軍だけでは、ゼルアスタン要塞に敵いません」
「
兵は神速を尊ぶべし。
ヘーゼンは用兵に関してこう言った。最も重視しているのは速度。すべての事柄に置いて、相手を置き去りにすることが、戦争に勝つ秘訣だと言っていた。
とすれば、呼応するにはこちらも最速で行かなければ。
ラスベルは数分で支度を完了させ、馬に飛び乗って叫んだ。
「準備ができた者から私に続け! 機動を優先として進軍を開始する!」
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