進軍


 ノクタール国軍の進軍が開始した。ジオス王が先頭で馬を走らせ、両翼にはドグマ大将とへーゼン、ギザールが続く。


 右翼には、先日傘下に加わった帝国将官のレイラク、左翼にはジミッド中将、ゴメス大佐が先頭に立つ。そして、最後尾には、元帝国将官のギボルグが控える。


 陣形は魚鱗。ジオス王を最前線に据え、両翼を後退させた布陣だ。


 士気はこれ以上ないくらい高く、兵たちの練度も申し分ない。通常の倍ほどの行軍速度で、クゼアニア国のゼルアスタン要塞へと向かう。


「このまま日が昇るまで馬を走らせます」

「私は問題ないが、兵の休憩は?」


 ジオス王がへーゼンに尋ねる。


「中継地の各所で、馬の交換はします。ついてこれない兵たちは休憩させ、ひとまずは置いて行きます」

「追いつけるのか?」

「はい。ギボルグ=ガイナの魔杖を使用すれば追いつけるでしょう」


 攻速ノ信こうそくのしるし。能力強化型の魔法である。広範囲の味方に対し、筋力強化と速度強化。この魔法の効果により、より早い進軍が可能だ。


「移動にそこまでするのか」


 ジオス王は驚きつぶやくが、へーゼンは当たり前のように答える。


「敵軍の予想を遥かに超える機動を叩き出す必要があります」

「なぜだ?」

「イリス連合国軍に伏兵の警戒をさせるためです。そうすれば、行軍を遅らせられる」


 そのために、敢えてノクタール国の進軍情報を流した。


 この時点で、この地点に、まさか数万の軍が移動できるわけがないーーそう思わせることで、相手は何か策を張り巡らしていると訝しむ。


 慎重に探りを入れ、何も出ないことで更に疑心暗鬼になる。結果として、こちらと敵の行軍速度の差が圧倒的に違ってくる。


「相手は、勝利の前提条件を見誤ってます」

「……と言うと?」

「イリス連合軍は、ノクタール国の要所全てを制圧すれば、戦が終わると考えている」

「違うというのか?」

「違いますね」


 へーゼンはキッパリと答える。


「チェスと同じです。『敵陣に深く入りこめば勝ち』というゲームではない。これは、あくまで、キングを取る戦いなのです」

「……」


 そのため、情報は徹底的に統制した。イリス連合国軍側には、『約3万の軍勢が出陣した』という報のみが伝わるようにした。


 イリス連合国軍がノクタール国の首都ギルヴァーナに入った時に、首を取るべキングが真逆の位置にいるという状況を作り出す。


 そうすることで、40万越えの大軍を無効にする。


 それこそが、ヘーゼンの戦略だ。


「これは、速さの勝負です。敵よりも早くキングを捕らえれば必ず勝てる」

「……」

「敵軍を遅延させるための小細工も、多く準備いたしました」

「例えば?」

「魔法で仕込んだ罠です。そこまで大規模ではないですが、進路予測に対して多く設置しました。敵軍は正攻法で攻めれば勝てると見ている。ならば、進軍で兵を減らしたくないので動きは鈍化するはずです」

「……」

「また、老若男女の奴隷を十数人準備しました。『死にたくなければ、死ぬ気で演技しろ』と言っておいたので、同情を誘い行軍の進行を遅らせるよう画策させてます」

「……っ」

「筆頭将軍のガリオス将軍は人のよい性格だと聞きます。象と蟻の戦ですから、行軍を一時中断させる可能性もなくはない。まあ、数十分単位の小細工ですが、他にも数十ほど。積み重なれば大きな遅れとなるでしょう」


 屈託のない笑顔を浮かべるヘーゼンに、ジオス王の顔が引き攣る。


「と、ところどころイカれた部分が垣間見えるのは、この際、目を瞑っておこう」

「ご安心ください。演技がバレて拷問されても吐かないような魔法はかけておりますので」

「……不安を覚える箇所が圧倒的にそこじゃないのだが」

「もちろん、犯罪者ですよ? 善良な国民を犠牲者スケープゴートとして扱えませんからね」

「……そ、そういう不安でもなくて」

「では、わかりませんな」

「説明を早々にあきらめた!?」


 ジオス王がガビーンとした瞬間、ヘーゼンは苦々しい表情を浮かべる。 


「よくない傾向だ。ヤンに似てきましたな。今は夜ですから大目に見ますが、王たる威厳をもって、そのようなリアクションはおやめ下さい」

「くっ……」


 ジオス王の苦々しい表情を見ながら、ヘーゼンは話を続ける。


「ともあれ、民に危害が加わらぬよう画策してますので、その点はご心配なきよう。軍師のシュレイが受け持ってますので上手くやるでしょう」

「しかし……こんな手は前代未聞だな。本当に成功するのか……いや、


 ジオス王には、大枠の説明のみをして、戦術レベルでの詳細は省いている。その分、不安も大きいのだろう。


 だが、ヘーゼンもそれは同じだ。こちらの想定を超えた規模の軍勢、情報漏洩、グライド将軍……不安要素も不確定要素もいくらでもある。


「もちろん、賭けではあります」


 ノクタール国の国民が果たして追従してくれるか。ジオス王に対する国民の信頼度。ここに大きな勝負の分かれ目がある。そして、自身を過小評価しているジオス王だからこそ、拭いきれない不安が募るのだろう。


 だが、ヘーゼンには自信がある。


 これまで寝る間を惜しんで働いてきたノクタール国の大臣たち、元帝国将官たち。彼らが徹底的に内政改革を行なってきた。


 ヘーゼンの私財は全て捻出し、エヴィルダース皇太子の第2秘書官アウラ、商人のナンダルが莫大な資金を供与してくれた。


 愚王マラデカによる悪政の責任を糾弾し譲位させ、ジオス王を即位させたのもこのためだ。この半年余りの間、徹底的に変革し、類い稀な善政をプロデュースし、アピールしてきた。


 王の価値は周囲が創り出すもの。


 ヘーゼンはそう認識している。当然、ジオス王という質の高い素材は不可欠だ。ただ、原石はそれだけでは光らない。ひたすらに叩き、鍛え、磨き、極上の装飾を施してきた。


 全てこの時のためだ。


 何よりもヤンが内政全般を取り仕切っていたのだ。


「必ず成功します。どうぞ、信用していただくようお願いします」

「……わかった」


 ジオス王は前を向き、更に馬の速度を早めた。

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