アウヌクラス王(3)



 諸王会議は、全会一致が原則である。単独の国家がどれだけ強大であろうと、王がどれだけ有能だろうと、風が吹けば倒れそうな弱小国家でも……イリス連合国の未来など毛ほども考えていない、とんでもない愚王バカでも。


 一票は一票なのだ。


 アウヌクラス王は、しわくちゃになった目を、殊更しわくちゃにした。予測していた最悪の答えを、やはり、シガー王バカがしてきた。


 当然、救済策は用意されている。単独国家が暴走して、自国の利益のためにけつを出した場合、諸王の3分の2の賛成を得れば、その国王に対し譲位を強制させることができる。


 だが。


 その条項を発動するには、イリス連合国の盟主大陸一のバカの同意が必要なのだ。


「……くっ」


 あまりにも、イリス連合国盟主の座を軽んじてしまった。その権限を甘く見てしまった。仲違いすることによって、これほど機能不全に陥るなんてこと、想像だにしなかった。


 諸王会議で決まったことは、諸王会議でしか覆せない。それは、イリス連合国に加盟している以上、守らなければならない絶対的なルールだ。


 グライド将軍を首都アルツールの防衛に当てたことも、ノクタール国に対してイリス連合国40万の動員をしたことも、全て諸王会議の決定事項だ。


 仮にどちらかをヤアロス国に引き戻すには、諸王会議での全会一致が不可欠だ。


 アウヌクラス王は、手綱を引けない馬に跨ってような気分で、クラクラした。


 いや、落ち着け……落ち着け。弱味を見せたら思う壺だ。シガー王バカはとにかくバカだから、操作することなど簡単だ。


 アウヌクラス王は余裕の笑みを浮かべて、優しく話しかける。


「し、シガー王。それは道理が通らないのではないですかな? ノクタール国はクゼアニア国の進軍を取りやめたのですよ? であれば、首都アルツールにグライド将軍を残しておいても意味はないでしょう」

「じゃ、けつ取ればー?」

「……っ」


 こんのガキ。


「みーんなで決めたことなんだから、覆すのは、みーんなのけつを取らないと。それが、ルールなんだから」


 ニッコリ。


 とんでもなく晴れやかな笑顔を浮かべるシガー王。


 アウヌクラス王は腑が煮えくるような心地だった。身を捩って千切っても千切っても、足りないくらいの怒気が湧き上がる。


 だが、今は激昂する空気じゃない。とにかく、諸王は全員こちらの味方なのだ。


「で、では、ガジスト国からの支援はできませんか?」

「えっ!? わ、私の国ですか?」


 突然、指名されたグスロール王が戸惑ったような表情を浮かべる。


「ええ。別に複数の国家からという訳ではなく、貴国から援軍をよこしてくれれば十分な保険になる」

「えっ……と、そうですね。一度、確認はしますが……」


 そう言いかけた時、案の定、勝ち誇ったような、不快な声が飛ぶ。


「あー、それは、違うんじゃないか?」

「……っ」


 またしても。その場にいたシガー王が口を挟む。


「他国に対し援軍を派遣するのは、諸王会議での全会一致承認が必要不可欠でしょう? 少なくとも、私は賛成する気はないなー。絶対完全不可逆的にー」

「……っ」


 こんのクソ無能カスゴミーー


「ふ、ふざけるな! わざわざ、私が骨を折ってここ首都アルツールにグライド将軍を派遣したんだぞ! そ、それを……恩を仇で返すのか! 私の想いを踏み躙るのか!?」


 思わず叫んだ瞬間、シガー王はニヤーっと笑みを浮かべた。


「わかってないんだな……バーカ」

「……っ」


 バカにバカにされた。


 バカな分際で、自分のことをーー


「アウヌクラス王はバカだから、わかってないかもだけどー。確かにグライド将軍はヤアロス国の所属だ。だが、その前にイリス連合国の所属なんだよなー。クゼアニア国の防衛は、諸王会議で決定した内容。勝手に戻すなど、勝手を言われても困るんだよなー」

「ふ……っぐぅ」


 そんなことはわかっている。当然、わかった上での提案だ。そんなドヤ顔で言われなくたって。こんなクソバカに。イカれ狂人に諭されるまでもなくわかっているんだ。


 理屈としては圧倒的に正しいはずなのに。


 イリス連合国でのルールでは通用しないなんてことは。


 やがて。シガー王は勝ち誇ったように、こちらに近づいてくる。


「なーにをそんなに焦っているのです? 少なーくとも、敵軍が首都ゼルアークに辿り着くには、3つの城を落とさなければならない」

「……」

「余裕っすよね? それとも、散々我が国の防衛態勢を愚弄してきて、まさか、自信がないとでも?」

「……っ」


 殺す。殺す殺す殺す。絶対に殺してやる。


 アウヌクラス王の殺意が今にも溢れそうになる。


 そして。


 それを嘲笑うかのように、シガー王はポンポンと軽く手を叩く。


「だーいーじょーぶでーすーよー。だって、ヘーゼン=ハイムなんて、全然大したことないんでしょ? これだけの兵力差があれば、真面目に防衛すれば大丈夫じゃないですか。ねえ、諸王方」

「……」


 諸王日和見どもは沈黙を貫いている。ここの空気感で無理やりシガー王の意見に反論すれば、公の公平性が保てない。


 今まで、熱弁を振るって意図的にクゼアニア国の邪魔をしてきたという事実が公然となり、大義名分を失う。


 行動では明確にそうであっても。


 口に出すことは絶対にダメだ。


 堪えろ……堪えろ……


 そんな風に何度も自身に言い聞かせている時、シガー王が首を傾けて話を続ける。


「まあー、どうしてもと言うならー、考えてやってもいいがー」

「ほ、本当ですか!? どうすればーー「土下座な」


 !?


「土下座だよ、ど・げ・ざ!」

「はっ……くっ……」

「私の足元に来て、ふかーく、ふかーく土下座すれば、考えてやってもいいかなー」

「……っ」


 そんな提案飲める訳がない。自尊心プライドだけの問題ではない。そんなことをすれば、諸王に対しての面子が保てない。イリス連合国の次期盟主の座として、民に対しても示しがつかない。


「どうしたー? 簡単だろうー? 頭を地面につけるだけだよ。ぺたーっと……ほら、ぺたーっと……ククク……アハハハハハハ、アハハハハハハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーー」











































「申し上げます! ノクタール国別働隊討伐に向かったクゼアニア国軍8万を率いた筆頭将軍バージストが裏切りました! 反転し、ここ首都アルツールに向かっております!」 

「……あん?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る