ラレーヌ=ゴスロ


           *


 遡ること、数ヶ月。へーゼンは超名門ドネア家のツテを活用し、ネト=ゴスロと接触に成功していた。ノクタール国への左遷が決まった翌日のことである。


「に、似てない親子ですな」


 ヘーゼンは2人を見比べながら、率直な感想を述べる。


「でひゅ……よく言われます」


 ネト=ゴスロ。分家では、トップの権勢を誇る老人である。息子の方は、ラレーヌ。ヘーゼンよりも10歳ほどは歳上だろうか。端正な顔立ちをした細身の若い青年だ。


「ちなみに、ネト様とブギョーナ様は同世代ですかね?」


 へーゼンは、老人の風貌を見ながら尋ねる。もはや、双子ではないかと思うくらい酷似していた。


 だが、ネトは贅肉たっぷりの首をバルンバルンと震わせて奇妙に笑う。


「え、いえ。ブギョーナ様はすでに115歳。私など、まだまだ若輩で110歳で……でひょひょ、でひょひょひょひょひょ」

「……そうですか」


 その5歳の差は、ジジイ同士にしかわからん、とへーゼンは密かに思う。魔力の強い魔法使いは、総じて長寿傾向にある。ブギョーナもネトも、まだまだ元気そうなのはそのせいだろう。


「ネト様は、宗家筆頭のブギョーナ様に次ぐ勢いがあるとお伺いしました」

「え、いえいえ。私など。ブギョーナ様がエヴィルダース皇太子に重用されているからこそ、このように大きな顔をしていられるだけでございますな。でひょひょひょひょ……」

「……」


 遜るような口調。不気味すぎて感情の読めない顔。やはり、似ている。そして、未だ警戒されているからだろうが、ネトは宗家筆頭の顔を立てていて、取りつく島もない。


 噂で聞いていた印象とはかなり違う。性格面では、ブギョーナ寄りの協調路線だろうか。ゴスロ家内の勢力の伸ばし方を見ると、ギラついた野心が垣間見得たのだが。


 そんな中、息子のラレーヌが好奇心旺盛そうな笑顔で会話に加わってくる。


「噂はすでに聞きましたよ。随分と暴れたんですってね」

「……ええ」

「ククク……いや、失礼。笑いごとではないとは思いますが、話を聞いていて、なんとも痛快で面白かった」


 父親のネトとは違うな、と直感的に感じた。非常に理知的でありつつ、物怖じしない面を隠そうとしない。


「……」


 恐らく、現在、分家の中心にいて実務をこなしているのが、このラレーヌなのだろう。


「噂には聞いています。だいぶ、難しい状況に立たされているとか」

「いえ、それほどでもありませんよ」

「そうですか? ノクタール国への配属は、明らかな左遷人事。近々、帝国も支援の打ち切りを通告するでしょう。亡国へのカウントダウン。もはや、その道は、地獄にしか向いていない」

「……」

「申し訳ないですが、私たちではお力になれないと思います」


 ラレーヌは、ハッキリと口にし、深々と頭を下げる。ヘーゼンはジッとその様子を観察する。


 明らかに、当主のネトとは違う。率直に自身の意見を述べて、相手の顔色を窺おうとしない。そして、性格が真逆なナンバー2を受け入れる度量を当主のネトが待ち合わせているのだろう。


 分家でありながら、力のある勢力だと、ヘーゼンは判断した。


「それにしても、意外ですな」

「何がですか?」

「話によると、ブギョーナ様のことを罵倒し尽くして、こんな懲罰人事を喰らったと聞きました。だが、貴殿を見ていると、そこまで浅はかで感情的な者とも思えない」

「え、こら! 失礼だぞ!?」


 隣にいるネトが、顔をグシャっとして愛想笑いを向ける。下級貴族に対しても礼儀を忘れない姿勢は、したたかなのか、ドネア家の紹介からなのか。


 ヘーゼンは首を横に振って話を続ける。


「構いません。むしろ、これだけ率直に言って頂けると、こちらも本題を切り出しやすくなります」

「ありがとうございます」


 ラレーヌは満面の笑顔で礼を言う。


 敢えて厳しい物言いをしたのも、計算尽くと言うことだろう。精緻で繊細。巧妙なしたたかさも感じる。


 ヘーゼンは本題を切り出した。


「数ヶ月後、ブギョーナ様はエヴィルダース皇太子からの信頼を失います」

「……え、それは、あり得ないですな。でひょひょひょひょ、でひょひょひょ」


 ネトは大いに笑った。


「え、ブギョーナ様は、長年エヴィルダース皇太子に仕えてきた古参中の古参」

「……」

「え、最近では、皇太子として盤石な地位にいるが、昔は有力な候補者が乱立しておりました。その中でも、最も古株がブギョーナ様です。歴史が違うのです」

「……」


 確かにそれには説得力がある。古参を大切にすることは、これまで仕えてきた臣下に対して信頼を与えることができる。


 だが、それはだ。


「本当に信頼していると思いますか?」

「……と言いますと?」


 その問いに、今度はラレーヌが反応した。


「エヴィルダース皇太子は最近、アウラ秘書官を第2秘書官として任じられました」

「……」

「本当に信頼しているのならば、筆頭秘書官か第2秘書官には据え置くはずでは?」

「……」


 確かに、アウラは有能だ。文武両道に加え、情報収集能力、臣下たちの力も申し分ない。だが、ブギョーナ様がこれまで派閥に貢献してきた功績は計り知れない。


 その大きな矛盾にラレーヌならば、気づいているのではないかと感じた。


「信頼というのは、得難いもの。私が皇太子の立場で本当にブギョーナ様のことを信頼しているならば、第2秘書官に置きますね」

「……」

「では、なぜエヴィルダース皇太子はブギョーナ様を第3秘書官に置いたのだと思いますか?」

「……なぜですか?」

「長期的には斬り捨てようとしておられるのですよ」

「そのように思う理由は?」

「年齢です」

「……」


 ネトの方はグシャっと顔を皺くちゃにしたが、ラレーヌは静かに頷いた。


「ブギョーナ様は高齢だ。魔法使いは長寿とは言え、そろそろ世代交代をかけていかなくてはいけない。誤解を恐れずに言わせて頂ければ、皇帝になった後の運営を後継に任すのには不安だと言うことでしょう」


 ブギョーナは、非常に子沢山で100人いる。それも、天空宮殿の各部署に散らばっているが、あの老人以上の功績を残していない。


 引退した後に、骨肉の当主争いが起こるのは明らかだ。


「エヴィルダース皇太子自身も、ブギョーナ様の失脚を望んでいるとすれば、失点が重なればどんどん落としていくでしょう」

「……お父様。私は、あり得ると思ってます」


 ラレーヌは、ジッとネトの表情を見た。


 老人は、しばらく考えていたが、やがて、ため息をついて話し始める。


「え、幸い、長男ラレーヌは優秀です。正室の子でもあり、後継としてしっかりと育て上げてきた。他の息子たちも異論はないでしょう」

「……わかります」


 ヘーゼンはしっかりと頷く。どうやら、こちらは世代交代の準備を着々と進めているようだ。ネト自身の代では、この勢力差は覆せないと見込んでのものだろう。


「もし、あなたの策が建設的な提案でしたら、しっかりと我々で検討させて頂きます」


 ラレーヌはニッコリと笑顔を浮かべた。


「では、今後に詳細に関しては私とラレーヌ様で。ネト様に対しては、お願い事がありますので、私の秘書官とお話をさせていただきたく思います」


 ヘーゼンはそう言って、モズコールを紹介した。


「秘書官……」

「彼は優秀なへ……秘書官です」

「よろしくお願いします」

「え、よろしく」

 
























「早速ですが、ネト様。未亡人は好きですか?」

「え、えっ?」




 

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