参列者


 その日、ゲスリッチ=ドーテが死亡した。享年71歳。部屋には魔医、ヘレナ、そして正室のアミンカ、長男のナンドモクチがいた。


「うっ……うううううっ……あなた……あなたぁ!」


 老人の魔医が、朗らかな表情で、泣き崩れる正室アミンカの肩をポンポンと叩く。


「私は職業柄、さまざまな死に顔を見ておりますが、これほどに幸せそうな顔で逝かれた人は本当に珍しいものです。ですから、皆様。あまり、気を落とされないよう」

「……お母様。そうだよ。見なよ、この顔を。何かをやりきった清々しい表情をしてるじゃないか。お父様は、幸せに逝ったんだよ」


 長男のナンドモクチは、母の背中を優しくなでる。


「……」


 しばらく。沈黙の時間が続いた。ヘレナもまた、ジッと黙っていた。自分は、彼の側室となって半年も経っていない。何十年も共に生きてきたアミンカやナンドモクチと同じように悲しむのは違う気がした。


 やがて、正室のアミンカが振り返った。そして、ヘレナの隣で煌々と灯っていたキャンドルに気づく。


「あら? それは……」

「あ、あ、アロマです。好きな匂いだったので、気を落ち着かせるために」

「……そう。私は、あの人のことを知ってるようで、何も知らなかったのかもしれないわね」

「そ、そんなことはありません」


 ヘレナは慌てて否定する。


「教えてちょうだい……この人は、最後に……何と言ったの?」

「……っ」


 言えない。最後の言葉だけは、口が裂けても、言うわけにはいかない。


「……幸せだったのかしら?」


 ボソッと、アミンカがつぶやく。


「わ、私は、半年もゲスリッチ様とありませんでしたから。それに対して、何か言える立場ではありません」

「……」

「ですが、私の目から見たゲスリッチ様は、常に活き活きとしてました。目をたぎ……輝かせて、最後の最後まで活き活きと……」


 嘘は言っていない、嘘は言っていないと、ヘレナは何度も自分に言い聞かせる。


「息子のことは?」

「……さ、最後まで気にされてました」


 ヘレナは、極力曲解して、答えた。


「私は、正直、あなたを側室に迎えることに抵抗を感じていたわ」

「……はい」

「亡き親友マスレーヌ様の忘れ形見だからと、ゲスリッチ様の誠実さにつけ込んで入り込んできた狡猾な女狐だって、そう思っていたわ」

「……」

「でも、でも……この人のこんな幸せな表情かおを見せられたら、もう何も言えないわね。ふふっ」

「……っ」


 アミンカは、涙を拭いながら笑い、ヘレナは全力で目を逸らした。


 葬儀当日。ゲスリッチ=ドーテの葬式がつつがなく執り行われた。前夫のマスレーヌとは違い、財はそこまで多くはない。


「……」


 ただ、参列者は多かった。人望はかなり厚かったのだろう。上級貴族などもチラホラと見られた。ヘレナは前の主人マルナールの時にも経験しているので、落ち込んでいるアミンカの代わりに、せっせと働いた。


 そんな中。


 ひときわ若い男が葬列にいた。ヘレナと同じくらいの年頃だろうか。いや、それよりもかなり若い。ゲスリッチは70歳を超える高齢なので、参列者の中では目をひいた。


 端正な顔立ちをしていて、長身だ。服装も他の上級貴族などよりもお洒落に着こなしていた。青年はヘレナの視線に気づくと、華麗な仕草でお辞儀をする。


 一目見てわかった。


 他の上級貴族とは格式が違う。ヘレナはお辞儀を返しながらも、席を離れて参列者の名簿を確認する。
























 


 その中に、ネト=ゴスロの名前があった。

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