メイド研修生 ロリー=タデス
*
遡ること3ヶ月前。天空宮殿。ロリー=タデス、13歳。この日、少女はエヴィルダース皇太子の第3私設秘書官、ブギョーナ=ゴスロのメイド実習生となった。
下級貴族の娘は、立派な淑女たる立ち居振る舞いを学ぶため、世話になっている上級貴族のメイドの研修をする制度がある。彼女も、ご多分に漏れず、そのうちの1人だった。
緊張の中、先輩メイドのオバーサ=リアンと待ち合い室で待機する。
「ちっ、爪の手入れがなってないわね」
「も、も、申し訳ありません!」
「貸しなさい。爪は、
「……」
オバーサは舌打ちをしながらも、ロリーの小さな爪を、やすりでコスコスと、優しく磨いてくれる。顔が口うるさそうな人だが、悪い人ではなさそうだ。
「そんなに緊張しなくてもブギョーナ様は、お優しい方よ」
「は、はい」
そんな会話をしていた時、扉が開いた。
「……っ」
ロリーは、ゴスロ家当主のブギョーナが、あまりにも奇妙な風貌をしているので、驚いた。
服装のセンスとかではなく、純粋な
ブギョーナは老人にしては体格がよく、ポッカリとお腹が出て丸々と太っている。頭が瓢箪形で、奇怪な風貌している。
どこからどう見ても不細工過ぎる。
「あ、君が今度来た新人か。私はあまり怒るということはしない
「はい! わかりました!」
あ、優しいと思い、ロリーはホッと胸をなでおろした。上級貴族の宮仕は下級貴族に厳しい人もいる。一にも二にも雇い主の性格が大事で、外見は二の次だ。
できればイケメンがよかったが、この人はこの人でーー
「でひゅ……でひゅひゅ。でひゅ、でひゅ」
「……っ」
気持ち悪っ、とロリーは生理的嫌悪感を感じる。笑い方と笑った時の顔面が奇妙過ぎて、寒気と鳥肌と吐き気を一気に催し、強烈な不快感がせぐりくる。
「あ、どうした? 風邪か?」
「触らないで!」
ブギョーナが、ロリーの額に手を当てようとした時、反射的に言葉が出てしまった。
「あっ……その……」
「……」
しまった、と思った。
この男は、上級貴族の中でも名門の血筋の当主。そんな言うなれば殿上人に対してそんな口を聞けば、下級貴族の小娘など即刻手打ちにされても仕方がない。
案の定、隣にいた教育係の女性メイドは、青ざめた表情をして叫ぶ。
「あなた! ブギョーナ様になんて口を!」
「ひっ……」
「あ、いいんだ、オバーサ。私はまったく気にしていない」
ブギョーナは、鞭で叩こうとする彼女の手を制する。
「し、しかし」
「あ、私は気にしてないよ。慣れてないんだ。あ、いきなり男性に触られようとすれば、大抵の娘はこうなる」
「ですが、最初の教育が肝心で」
「あ、安心して、ロリー」
ブギョーナはそう言い、デカ過ぎてアンバランスな顔を近づけて、ソッと囁やく。
「あ、オバーサも、最初は同じ反応だったんだよ」
「ご、ご主人様!」
「あ、悪い悪い。教育係としては格好がつかないかな? でひゅ……でひゅひゅ。でひゅ、でひゅでひゅひゅひゅひゅひゅひゅ、でひゅでひゅひゅひゅひゅひゅひゅ」
「……」
気持ち悪いけど優しい(気持ち悪いけど)。
そんな新感覚を味わいながらも、ロリーはブギョーナのメイド研修生としての日々に勤しんでいた。
しばらくが経過した後、ブギョーナが第6秘書官まで降格したと言う報が入ってきた。噂話では、原因はヘーゼン=ハイムという貴族にあるらしい。
しかし、そんな中でもブギョーナは一切そんな素ぶりを見せずに、女性メイドたちに優しく接してくれた。
気持ち悪いけど立派な方だと思った(気持ち悪いけど)。
そんなブギョーナは、久しぶりの休暇にも関わらず、休日返上で、今日も執務室で仕事をこなしていた。
先日、失態を犯して第3秘書官の地位から降格させられた彼であるが、そんなことにもめげずに、必ず職場には顔を出していた。
ロリーもたびたび、執務室に呼ばれて付き添うことになったが、今回は以前と違った。特に仕事をしている感じもなく、暇そうな主人だった。
少なくとも。机には書類は見当たらない。
「……」
噂では、最近、仕事らしい仕事がないと言うことだった。降格人事を受けてからと言うもの、それは顕著に現れた。
天空宮殿内での噂話は回るのが早い。
エヴィルダース皇太子の不興を買ったという話はすぐに広まり、これまで絶えなかった来客は、ほぼゼロになったらしい。
信頼度の低下から派閥内での依頼も減った。
仕事は、ブギョーナの生きがいでもあった。その気持ち悪いが寂しそうな後ろ姿が、なんとも寂しそうに見える。
「あ、あまりやることもないから、先に下がってなさい。もう今日は自由にしていい。あ、オバーサには内緒だぞ。でひょ……でひょひょひょ、でひょ、でひょひょひょ」
「あ、ありがとうございます」
ロリーは深々と頭を下げて、部屋を退出する。
しかし、扉を閉め切らずに、ソッと覗き見をする。主人は気持ち悪いが優しい方だ。もし、傷ついて、思い悩み、自傷行為などに及んだ時、自分が必ず救うのだとロリーは決めていた。
少しして、ブギョーナは目の前に飾ってあった肖像画を見ながらつぶやく。
「あ、ヘレナ……ヘレナ=ダリ」
主人は、この肖像画としばらく向き合う。漠然と机に座り、ボーッと眺めて、もう何時間が経過しただろう。
想い人だろうか。
すでに、高齢の老人であるにも関わらず、恋ができると言うのは素敵なことーー
「はひょ……ふんふんふんふんふんふんふん! はぁ……はぁ……あへ……あヘレナ……ふんふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふんふん! アヘ……あへぇれぇなぁ……ふんふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふんふん! あへぇ……あへぇらるぇれぇなぁああああ! ふんふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふんふん!」
「……っ」
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