訓練(2)


 数時間後、ジオス王はグッタリと、地面にひざまづいた。


「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……」

「初日でこれほど動ければ上出来です。戦場においても名将として活躍できたでしょうな」


 一方で、相手となったへーゼンは、息も切らさずに笑顔を見せる。


「ぜぇ……ぜぇ……今、私に話しかけないでくれ」

「疲れ果てて喋れない時に、正常な思考が取れる訓練です。そのまま会話を続けます」

「くっ……」


 なんてスパルタ、とジオス王は思う。


「だが、死ぬという感触は、やはり気持ちが悪いものだな」


 クシャラの魔杖で即死級のダメージを受けても、超回復が可能だ。だが、痛覚と感覚はそのまま残るので、慣れないと行動に支障をきたす。


「取り乱さなかったのは流石ですね。海賊どもは喚き、泣き散らしてましたから」

「……いきなり首を飛ばされた時は、さすがに裏切られたと思ったが」


 ジオス王が思わず引き攣った笑みを浮かべる。


「説明後に構えて死ぬのと不意に死ぬのとでは感覚が違う。後者をぜひ覚えていただきたかったのです」

「……」


 理屈はわかるけど。


「もちろん、殺されないように立ち回るのが一番いい。だが、いざ致命的なダメージを受けた時には動じずに、王たる威厳を保っていて欲しいのです」

「……」

「クシャラはあなたの下に置きます。敵は恐らく、こぞってキングの首を取りにくる。そこにギザールを配置して、あなたを守ります」

「雷鳴将軍か」


 ノクタール国のような小国でも、彼の武勇は聞こえてきた。どのようにヘーゼンの配下になったのは知らないが、そんな者が護衛につくのは心強い。


「戦闘において、最も思考柔軟性を持つのが彼です。魔杖を2種類使いこなすことで、攻守のバランスも取れてきました」

「かなり高く評価しておるのだな」


 ヘーゼンとギザールの会話を聞いたことがあるが、言い合いが絶えなかった印象だ。ヤンとのそれに似たようなところもある。


 本人は否定するだろうが、どこか、それを楽しんでいるように見えるのは、気のせいだろうか。


「調子に乗るから、本人の前では言いませんが、凄まじいですね。ディオルド公国の大将軍になる前に引き抜けてよかった」

「……グライド将軍並みと言うことか?」

「単純な戦闘力においては遅れを取るでしょう。ディオルド公国は中堅国家でも下の方だ。イリス連合国の大将軍には格としても雲泥の差だ」

「ヘーゼン=ハイム。貴殿は、勝てるのか?」


 ジオス王が尋ねる。


「勝ちますよ。私が彼に勝つこと以外に、イリス連合国に勝てる目はありませんからね」

「……」


 ヘーゼンは自信を持って頷くが、ジオス王にら一抹の不安が拭えない。


「不安ですか?」

「グライド将軍は強い。元々、ノクタール国はイリス連合国の一つだった。子どもの頃の私は、破竹の快進撃を聞きながら胸を躍らせていたものだった」


 まるで、神話を聞いているようだった。単騎で数千人の兵を一掃し、瀕死のビュバリオを窮地から救い出した救国の英雄。誰もがグライド将軍に憧れ、目指し、挫折したものだった。


「……グライド将軍については、大分調べましたが、とてつもないですな」


 ヘーゼンは淡々と説明をする。


「大業物の、火炎槍かえんそう絶氷ノ剣ぜつひょうのつるぎの炎氷一体の攻撃は、絶大な威力をもたらす。一般的に相対する属性の魔杖は同居しにくいとされてますが、見事に克服できている」

「……それは、嫌味か? 貴殿はあらゆる魔杖を使いこなすだろう」

「本当の接戦であれば、使いこなすのには時間がかかります。例えば、私がグライド将軍の火炎槍かえんそう絶氷ノ剣ぜつひょうのつるぎを扱っても、同じ威力を出せるかはわからない」

「……」

「長年同じ魔杖を使い続けていれば、それだけ威力も増すものです。グライド将軍は長年この2本で戦を駆け巡ってきた。その戦闘技術もかなり洗練されているでしょう」

「魔杖勝負では、不利な訳か」

「相当分が悪いと見ています。加えて、あちらには特級宝珠を携えた最上大業物の魔杖がある」

「……」


 これも、もはや伝説として語り継がれるほどのもので、グライド将軍自身、数度の戦でしか発動させていないと聞く。


 なので、どのような効果をもたらすか、実際の威力がどれくらいかは、ほとんど知られていない。


 しかし、その漆黒の瞳が持つ光は、まったくと言っていいほど揺るがない。


「勝ちます。どうか、私のことはご心配なさらずに」

「ふっ……心配は全然してないんだけどな」


 そう言ってジオス王は笑った。

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