副官 レイラク(2)


「はっ……ぐっ……」


 レイラクは唖然とした。つい先ほどまで、聖人君子のような立ち居振る舞いだった青年が、突如として、帝国の未来を背負って立つ皇太子に、失礼過ぎる発言を吐き出したのだ。


「ふ、不敬が過ぎますぞ」

「ですから、『礼を失する』と言いました」

「……っ」


 言ったけど。


 いや、これはチャンスだ。ヘーゼン=ハイムがどう思っているかを聞き出す絶好の機会。アウラ秘書官に伝え、今後この男をどう扱うかを検討しなくてはならない。


「もう少し、詳細に聞かせていただきますか?」

「ここだけの話にしてもらえますか?」

「わかりました」


 レイラクは明確に頷く。


「申し訳ないですが、私はエヴィルダース皇太子に臣下の忠誠を抱く気にはなれないんです」

「……なぜですか?」

「あの方には有能な皇帝足る資質がない。そして、無能な皇帝足る資質もない」

「……」

「言わせていただければ、ごくごく凡庸な皇帝になるということです。特段、有能でも無能でもない。言わば、一般的。まあ、中の下くらいの低能な皇帝。それは、私にとって非常に退屈だ」

「……っ」


 申し訳なさ過ぎる。


「失礼を承知で付け加えさせていただくのなら。少々、品性がないところがあらせられる」


 !?


「あっ……ちょ……待っ……」


 レイラクが会話を止めようとするが、ヘーゼンは話を止めない。


「派閥でない者が功績をあげれば、全力で潰してくるなど、長期的な発展を毛ほども考えていない。己が次期皇帝であるという自覚もなく、ただ玉座の椅子に座すために取る行動が、私にはなんとも浅ましく映ります」

「あっ……いや、もう……」


 いや、これはマズい。


 あまりにも失礼を承知過ぎる。


「知識教養はあるのでしょう。皇太子として育てられたのだから、武芸も魔力も申し分ないのでしょう。ですから、惜しいは惜しいですな。学ぶべきものの本質を見失っている」

「も、もうそれくらいに……」

「なぜ、己を鍛えるのか。なぜ、学ぶのか。それは、皇帝に相応しい器を得るため。皇帝の座に居座ろうとするためではない。その品性のない姿勢がなんとも不快だ。誤解を恐れずに言うのなら、玉座欲しがりクソ乞食野郎だ」

「ひっ……」


 恐れろ。


 そして、誤解もなにもド直球真正面ではないか。


「あの方は、もう少し己の行動を鑑みて行動すべきですな。客観的に自己分析をすれば、自分がどれだけ恥知らずか思い知るでしょう」

「ふ、不敬だ! あまりにも……あまりにもそれは」


 レイラクは耐えきれず吐き出すが、とんでもない罵詈雑言に対し、単調な言い返ししかできない。この男は、果たして正気なのか? 超危険な男であることは、もはや、疑いようがない。


 誰にも聞かれていないことはわかっている。だが、帝国に生まれた以上。帝国将官に属している身の上では、畏れ多すぎる発言だ。


「ここだけの話にしておいてくださいね」

「……っ」


 言えるか、こんな話。


 アウラ秘書官に報告するにしても、100倍薄めて100枚オブラートに包んでしなければ、こちらの身の上が危ない。


「失礼、余談が過ぎましたな」

「……」


 余談でするなよ、こんな話。


「しかし、レイラク殿はいいが、アウラ秘書官は気の毒ですな」

「……どう言う意味ですか?」

「エヴィルダース皇太子はそれだけ難儀な方だと言うことですよ」

「……」


 それには、同意だ。いや、自らの尊敬する主人が選んだ道だ。異議を唱える気はない。だが、アウラに課せられた仕事の中には、納得し難いものも多い。


 それに、エヴィルダース皇太子は気性も荒く、時折見せる情緒の苛烈さなど、外から見ても辛い部分が多数ある。


「アウラ秘書官は、あの方が皇帝になれば、変わると思っておられる。玉座を手にしたのだから、欲するものを得たのだから、次は民に目を向けてくれるはずだ、と。その見立ても、まあ、納得はできる」

「……」

「しかし、私はこう思います。人は変わらない。そして、人の本質は歩んできた道で決まる。玉座を求め、玉座を得るために生きてきた者が、玉座に固執しないと思いますか?」

「……」

「そんなことはあり得ない。玉座の地位を脅かされぬため、周囲は派閥の者で固めるはずだ。そこに、能力などは関係ない」

「……それでも、アウラ様がいらっしゃれば」

「あの方は、自らの意志を曲げられない方ではないですか?」

「……」


 瞬間、レイラクの鼓動が冷たくなった。この男の発言によって見せられた未来に対してだ。


「玉座を求めるために、皇太子自身の意志を抑えている部分もあるでしょう。今は、アウラ秘書官の諫言にもある程度は聞き入れているのかもしれない。だが、あの方が皇帝になり、どうしようもなく意見が対立した時、果たしてアウラ秘書官の意志を聞き入れるでしょうか?」

「……」

「人は耳の痛い諫言を聞き入れ難いものです。皇帝になったあの方が、果たして何年、助言を聞き入れますかな?」

「……」

「断言してもいい。派閥を周囲に集めた後に、次は、自身に都合のよいことだけを吐く輩を側に置くようになる。そうした時に、アウラ秘書官自身が、どのような立ち位置になるかは火を見るよりも明確でしょう」

「……」


 不思議と。ヘーゼンの言葉には説得力があった。若輩者にも関わらず、まるで、幾人もそのような者を見てきたかのような、そんな錯覚さえ覚える。


「とは言え、他に選択肢がない」


 レイラクはそう答える。今の皇帝候補の中では、エヴィルダース皇太子に対抗する者がいない。大き過ぎる権力の前に、理想などは無力だ。


「まあ、まだ次期皇帝の選定には時間がある。ゆっくり考えればよろしいかと思いますよ」


 ヘーゼンはそう答え、満面の笑みを浮かべた。

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