寿命


 1時間後、レイラクたちは訓練場へと到着した。そこには、6歳ほどの幼児がチョコンと立っていた。ノクタール国家臣の子どもだろうか。おおかた、城の探検でもして迷子にでもなってしまったのだろう。


 わんぱくなことだ。


「おい、子ども。こんなところにいたら危ないぞ? 親はどこだ?」


 レイラクはしゃがみ込み、人懐っこい笑顔で声をかける。


「あっ、いえ。私はヤン=リンと言います。ノクタール国の戦略と政務全般を担当してます」

「ははは! そうかそうか! こーんな小さいのに、お偉いことだ」


 ゴッコにしては、流暢に喋る。レイラクは豪快に笑い飛ばし、そのまま幼児を抱っこして、隣にいるヘーゼンに声をかける。


「子どもが紛れ込んでいたようです。家臣の子ですかね。とにかく、親を探さないと」

「いえ。その少女は不肖の弟子で、ここに連れてきました。戦略、戦術面でともに検討したいので」


 !?


「こ、こんな子どもが?」

「強力は魔力保有による発達障害です。中身は14歳なので、ご心配には及びません」

「し、信じられない」


 レイラクは目の前でキョトンとクリクリな目をしている幼児を見つめる。


 どこからどう見ても、子どもでしかない。


「よろしくお願いします」

「……っ」


 可愛い。子どもが大好きなレイラクにとって、無邪気な笑顔がなんとも微笑ましい。すると、ヘーゼンの隣にいたトマス筆頭大臣が苦笑いを浮かべる。


「一応、私が政務の取りまとめの地位にいますが、実務上ではヤンがトップで取り回してます。ノクタール国の大臣も、派遣されてきた元帝国将官たちも全員がこの子の指示で働いてます」

「……ますます、信じられない」


 いちいち驚きが隠せない。こんな、どこからどう見ても幼児がノクタール国のキーマンだなんて。


 一方で、そんな驚きなど気にする様子もなく、準備運動の終わったヘーゼンが距離をとって、戦闘の構えに入る。


「到着した早々申し訳ないですね。早速、始めたいのですがよろしいですか?」

「……わかりました」


 実践訓練は望むところだ。こちらとしても、ヘーゼン=ハイムの実力を測りたい。自分たち将軍級5人を一度に相手して、果たしてこの男がどこまで追従できるのだろうか。


「全力で構わないのですか?」


 レイラクは不敵に宣言する。どうせやるならば全身全霊を持って倒す姿勢で行く。強敵を前にすると、血が沸るのが武人だというものだ。


「はい。ここにいるクシャナの魔杖で、瀕死の重症でも即座に回復することができます。遠慮などはまったく無用です」

「……そこの者のことですか?」


 レイラクは少し距離の離れた場所にいる男をチラ見する。スキンヘッドで、人相が滅茶苦茶悪い。ゲッソリと、酷く痩せこけている。


「……」


 生気を完全に吸われ、死にそうに見えるのは、気のせいだろうか。


 そんな中、ヤンがジト目でヘーゼンの方を見る。


「……クシャナさんが激痩せしてるんですけど。20キロくらい。この3週間で」

「ん? まあ、先日彼に魔杖を使わせて300回ほど蘇生させたからな。魔力切れを起こして、ぶっ倒れて数日間、生死の境を彷徨っていた」

「不死身の男が死にそうになってる!?」

「まあ、心配ない。僕が残りの700回使ったから」

「どこかで千回殺されてる人がいる!?」


 黒髪少女のガビーンと驚いたところで、ヘーゼンは夢遊病者のようにフラフラしているクシャナに向かって笑顔を向ける。


「僕の煎じた薬は魔力を大幅に回復させるが、酷い幻覚症状をもたらす。大分、苦しんでいるようだな」

「……夢でも現実でも沼から出る死者の腕に引きずり込まれる」

「君が歩んできた血の道だ。その罪悪を背負うことを望んでいたのだろう?」

「……」

「数日寝込んで身体は元気なはずだ。あとは精神こころの問題だから」

「……」

「く、クシャナさん!? クシャナさーん!」


 会話の途中で意識を飛ばし、涎を垂らして白目を向いているクシャナを、ヤンが心配そうに揺り動かす。


「はっ……す、すまない。少し意識が飛んでいた」

すー。ほ、本当に大丈夫ですか?」


 心配そうなヤンに対し、ヘーゼンはこともなげに頷く。


「大丈夫。この模擬戦が終われば、精神こころも癒す。本番では、万全の状態で臨ませるつもりだ」

「い、今。この場でしてあげてくださいよ」

「時間がない。それに、この状態にはたびたび陥る。彼が今の状態で一定のパフォーマンスを発揮する訓練も兼ねているのでね」

「ど、ド畜生過ぎる」


 子どもが、子どもらしからぬつぶやきをしたところで、レイラクはふと気になった。


「……ヘーゼン元帥も幻覚症状のある魔力回復薬を煎じて飲むんですか?」


 この模擬訓練で、ヘーゼンは複数の将軍級と対戦することになる。必然的に彼の魔力量は大きく減り、決戦までには回復しない可能性もある。


 身体に障害が残るほどの激薬を使わなければならないなら、やめておいた方がーー


「私は必要ないですね。アレは心身に多大な負担をかけるから、下手をすれば寿命が縮むし」


 !?


「す、すー! そんなものクシャナさんに飲ませたんですか?」

「そうだけど」

「……っ」


 『何か悪いことした?』みたいに首を傾げるヘーゼンにヤンがガビーンを繰り出す。


「あ、あなた人の寿命をなんだと思ってるんですか!?」

「道具だよ」

「……っ」


 ヘーゼンはキッパリと言い切った。


「どうせ、この類の男は長生きできない。寿命が尽きる前に死ぬのだから有効活用すべきだ」

「き、鬼畜」

「一切の所有権は僕にある」

「だ、だったらすーも使ってくださいよ! 自分の寿命を減らすのは嫌だというのはどうかと思いますよ?」

「嫌だとは言ってない。まだ、必要がないと言っている。使うべきところで使うだけだ。そんな当たり前の理屈を、偽りの優しさでごまかすな」

「キー! 頼みますから一気飲みして即寿命ゼロにして死んでください!」


「……」

 























 とんでもないところに来てしまったと、レイラクは思った。

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