戦闘


 戦闘合図の代わりに、口火を切ったのはヘーゼンだった。


 背後には、魔杖まじょうが8つ。それが、宙に浮いていたのだ。レイラクのみならず、彼の部下の誰もが驚愕の眼差しを浮かべていた。


 通常、魔杖まじょうは1人の魔法使いについて1種類。どれほどの使い手でも最高で4種。


 それが、この大陸の常識である。


「噂に聞いてはいたが、凄いな」


 事前に把握していたが、いざ、目の当たりにすると、やはり驚く。しかし、動揺はない。ヘーゼン=ハイムの戦闘記録はこちらの陣営では把握済みだ。


 レイラクは左手をあげ指示をする。


「うおおおおっ!」


 初手はザハラだった。彼は長槍のような魔杖を携え、猛烈な速度で突進し振るう。


 洸漠ノ槍こうばくのやり


 ひとたび振えば、無数の斬撃波が飛翔する魔杖である。鋼鉄を割くほど高威力を持ち、範囲も中距離ほどまでは届く。


 だが。


 その斬撃が届く手前で、ヘーゼンの周囲に無数の氷柱が発生する。


 氷雹障壁ひょうびょうしょうへき


 瞬時に大気中の水蒸気を凍らせ、自動で防壁を張る魔杖である。この凶悪な魔法が存在するが故に、この魔法使いの攻略は非常に難儀となる。


 だが、これを攻略するべく試行は重ねた。故に、恐れはない。単純で力押しでいい。以前、散ったイリス連合国のバガ・ズ将軍がそれを示した。


 構わずザハラは、前進しながら洸漠ノ槍こうばくのやりを振い続ける。やがて、発生する無数の氷柱に対して、切り刻む斬撃の速度が勝り始め、ヘーゼンへの間合いに隙が出始める。


「もらったぁ!」


 ザハラが猛烈な勢いで、洸漠ノ槍こうばくのやりを振るった。その強力な無数の斬撃波は、止まることなくヘーゼンに襲い掛かる。


 瞬間、ヘーゼンはもう片方の手に持っていた扇形の魔杖振るう。


奇扇ノ理きせんのことわり


 相手の魔杖をそのまま返す魔杖である。それにより、洸漠ノ槍こうばくのやりの斬撃が、そのままザハラの元へと向かう。


砂塵ノ盾さじんのたて


 レイラクがザハラの前に立ち、全て防ぎきる。攻撃を感知し地面から自動で発生させる魔法壁である。


 その機能は氷雹障壁ひょうびょうしょうへきと酷似していた。異なっているのは、その距離間。レイラクの砂塵ノ盾さじんのたては、硬度がより強いが、範囲は狭い。


「た、助かりました」

「ヤツの、一挙一動目を逸らすな。ニーグナ!」

「はい!」

 

 呼ばれた異民族の男は、次の瞬間、ヘーゼンとかなり近い間合いに存在していた。隣には、ズォルグが立っている。


「魔杖の効果か……移動型……いや、隠密型か興味深い」

「ぬかせ!」


 感心するヘーゼンを尻目に、ニーグナはまるで大仰で派手な装飾が施された魔杖を振るう。


 傾国ノ宴けいこくのうたげ。幻惑型の魔杖である。対象を重度の酩酊状態にすることができる。相手の脳に直接届く魔杖なので、範囲内に入れば、まず間違いなく喰らわせることができる。


「……なるほど」


 ヘーゼンは一瞬、体勢がグラつくがすぐに持ち直して続けて攻撃を始める。


「バカな……効いてない!?」

「効いた。だが、我慢した」

「……っ」


 あんぐりと口を開けるニーグナ。いや、そう言う問題じゃない。喰らえば、人が立っていられるレベルではない。


 大量にかけた場合は、幻覚が見え、場合によればアルコール中毒死するほどのレベルにまで高まるものだ。


 どう言う精神構造をしているのだ。


「実際にアルコールをぶち込まれれば仕方がないが、魔法であればね。脳を騙せば大抵は持ち直せる」

「くっ……化け物の類か。だが! 樹界ノ縛じゅかいのしばり


 ヴォイギが叫び、自身の魔杖を発動させた。すると、ヘーゼンの地面から樹木が発生して雁字搦めに絡みつく。そして、両手にも強引に開けさせて魔杖を地に落とさせる。


「なるほど……捕縛型か」


 縛られた状態で、感心しながらつぶやく。


「瞬時に地面から発生するのが素晴らしい。氷雹障壁ひょうびょうしょうへきの範囲内だから瞬時に防備を張り巡らせるのは難しいな」


「何を余裕ぶっている? そんな身動きが取れない状態でーー」


 そう言いかけた時。


 一瞬にして、ヘーゼンに絡みついていた樹木がバラバラになる。


「……はっ?」

「捕縛のための対処は想定済みだ。


 ヘーゼンは笑顔で自身の親指についている小さな鎖を出現させる。


鎌鼬かまいたちだ。数メートルほどの範囲だが鋭利なつむじ風を起こせる。鉄の鎖くらいの強度ならば余裕で切り刻むことができる」

「そ、そんな小さなものが魔杖?」

「宝珠の欠片で作らせたんだ。便利だろう?」

「……っ」


 言っている意味がわからない。魔杖など、生涯で一種類が普通だ。あの軍神ミ・シルですら4種類と言われているのに、この男は8種類のみならず、鎖に繋がれている更に数種類の魔杖まで使いこなすのか。





















「今度は僕の番だな」

「……っ」

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