副官 レイラク
*
アウラの副官、レイラク=ジシュンが軍勢を率い、ジオウルフ城に入城した。傭兵に偽装し、周囲に気づかれないよう移動したので時間がかかったが、なんとか間に合ったようだ。
城門では、ノクタール国の将官2人が出迎えに来ていた。一人は柔和な顔をした中年……恐らく大臣級だろう。そして、もう一人は黒髪で端正な顔をした青年だ。
「よくおいでくださいました。ノクタール国筆頭大臣のトマス=ゴクラです」
「レイラク=シジュンと申します。ともにイリス連合国を打ち破りましょう」
トマス筆頭大臣の真摯なお辞儀に対し、レイラクもまた礼をもって応える。初対面で好感を持てる御仁だが、やはり、視線は隣の男へと引きつけられてしまう。
「……」
この男が、ヘーゼン=ハイムか。
信じられないほど若々しい。帝国将官になって2年未満なのだから当然だが、実際に見るとかなり驚く。まだ、新人と呼んでもいいような若者が、帝国随一の功績をあげているのは、とてもではないが信じがたい。
そんなレイラクの眼差しに対し、黒髪の青年は爽やかな笑顔で礼をとる。
「ヘーゼン=ハイムと言います。支援頂けると手紙を頂きましたが、ここまでの規模のものを揃えて頂けるとは。感謝します」
「恐れ入ります」
自領で壮絶な訓練を積んできた鋼鉄騎兵3千人、魔法兵2千人、総勢で5千の軍勢だ。レイラク自身、ここまでの大盤振る舞いをアウラがするとは思ってなかった。
「素晴らしいです。一目見れば、その練度が凄まじいことがわかる」
「……」
兵を見る漆黒の瞳が、歴戦の猛者のそれと同じだ。アウラも文武両道の将官だが、似たような雰囲気を感じる。
「指揮官は、私を含め、ここにいるズォルグ、ニーグナ、ザハラ、ヴォイギ。イリス連合国の将軍並の能力はあるでしょう」
レイラクは後ろにいる部下たちを紹介する。そんな者たちを眺めながら、ヘーゼンはポソリとつぶやく。
「……恐ろしいですね」
「何がですか?」
「アウラ秘書官が保有する戦力の規模ですよ。即座にこれほどの派遣を頂けるとは、やはり、帝国主要派閥のキーマンなだけある」
「そう言って頂けると、こちらも来た甲斐がありました」
レイラクは素直に称賛を受ける。実際、ここまで揃えるのは大変だったので、喜んでもらわなければ割に合わない。
「あの、後ろの馬車は?」
「補給です。アウラ様の私財を用立てて、可能な限り捻出しました。これは物品のリストです」
「……素晴らしい。これだけあれば、戦の準備が10日ほど縮められます」
トマス筆頭大臣は、手渡されたリストを眺めながら感嘆の声をあげる。
「助かります。これで、詰めの算段がついた」
ヘーゼンもまた礼をする。
「……その前に。先に話を済ませておきましょうか」
「わかっています」
済ませておかなくてはならないのは、イリス連合国に勝利した時の分け前だ。当然、戦後の働きによって前後はするが、大まかなものは開戦前に決めておかなくてはいけない。
ヘーゼンは羊皮紙に書いて、レイラクに手渡す。
「まずは、功績。ロギアント城奪還以降については、すべてエヴィルダース皇太子陣営の指示であったと証言することを確約いたします」
「……よろしいのですか?」
レイラクは思わず聞き返す。エヴィルダース皇太子はむしろヘーゼンの邪魔をしようとしていた。そんな者に第一の功を明け渡すと言っているのだ。
そもそも、ヘーゼン=ハイムを左遷させたところから始まった戦だ。エヴィルダース皇太子に対し含むものがないはずがない。
しかし、ヘーゼンはこともなげに頷く。
「はい。ですが、今残っている帝国将官の功績順に褒賞は与えて頂きたく思います。彼らは有能だ。今後、エヴィルダース皇太子陣営内で重宝されればなお嬉しい」
「……破格の大功績を派遣された帝国将官にも分け与えると?」
「査定は不詳ながら私にさせてください。こちらは現時点のものです」
「拝見します」
レイラクがリストを見ると、そこには功績の詳細と褒賞の額までが詳細に記載されていた。その中には、ヘーゼンも入っていた。当然第一の功だが、他の帝国将官たちと大きく差がない額が記されている。
「これで……いいと言うのですか?」
「はい」
「……」
にわかには信じがたい。ならば、なぜイリス連合国にここまでの攻勢を行うのだ。超積極的な姿勢にも関わらず、褒賞のほとんどを放棄すると言わんばかりだ。
「勝利したのはノクタール国です。私は彼らと同様、帝国将官として派遣されて『亡国の危機から救う』という指示を遂行したに過ぎない」
「……しかし、それではヘーゼン元帥に対しての功績が薄まります」
仮にイリス連合国を潰せば、短期において、帝国史上最も大きな功績を叩き出すことになる。爵位においては一気に上級貴族の上位まで押し上がり、階級においては大尉格から少将級までの格上げもあり得る。
しかし、ヘーゼンは笑顔で首を傾げる。
「功績を独占したとしても、その後に重用されなければ意味がない。私は元帥と言う立場ですが、それはあくまで役割であるに過ぎませんから」
「……」
これにはレイラクも唖然とした。
「ご不満ですか?」
「……いえ。少し、いや……あまりにも破格すぎる」
これでは、ヘーゼン=ハイムに残るものが、ごくごく僅かなものしかない。帝国内に戻った時に得られる功績が、一将官としてのものしかない。レイラクが想定する100分の1にも満たない。
今、配属されている帝国将官たち、アウラ秘書官……そして、エヴィルダース皇太子にほぼ全振りされてしまっている。
当然、エヴィルダース皇太子はヘーゼンとノクタール国の関係を剥ぎ取るつもりだ。この地でいかに影響力を備えたとしても、恐らくは真逆の地方の内政官へと左遷となるだろう。
「確認ですが、本当にエヴィルダース皇太子の陣営に加わる気はないのですよね?」
「ありませんね」
ヘーゼンはキッパリと答える。
「……なぜですか? アウラ秘書官を通じて、エヴィルダース皇太子に口聞きを求めれば確実に重用されるでしょうに」
「申し訳ないです、礼を失してしまうので、ここだけの話にしておいて貰えますか?」
ヘーゼンが声を潜める。
「……約束しましょう」
「低能の皇太子につく気はないんです」
「……っ」
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