扇動
1時間後。やっと平静を取り戻したラスベルは、モズコールに背を向けて、ナンダルに話しかける。
「それで、クゼアニア国の状況はどうですか?」
「酷いものだな。特に、シガー王の評判は最悪だ。軍部でも、有力者たちにも、民にも」
「つけ入る隙はあると?」
「そのためのモズ……アーナルドだ」
「……どう言うことですか?」
ラスベルは、モズコールの方を一切振り向かずに尋ねる。
「酒は人の愚痴を増長させる。集団で飲めば飲めば飲むほど、その渦は大きくなる。アーナルドには、目星をつけた者の言動を探ってもらってる」
「な、なるほど」
さすがは第二秘書官。ただの変態ではない。やるべきことは、やっていたと言うことか。軍部も、さすがに主城で愚痴を言うわけにもいかないだろう。懇意にしている商人の誘いで、首都アルツールに出没する可能性は十分にある。
情報についてはナンダルの工作のおかげで大分揃っているだろうし、あとは懐に入り、盛り上げていくだけだと語る。
「要するに、腰を振らせればいいんですよ。人は、一度腰を振れば、果てるまで止まれないですからね」
「……最終的な
不快な言葉を無視して、ナンダルに見解を尋ねる。
「……恐らくは、クゼアニア国内のクーデターじゃないかと思っている」
「く、クーデター?」
ラスベルは耳を疑った。確かにクゼアニア国はノクタール国によって、かなりの領土を切り取られた。だが、それでも大きな領土を誇る国家だ。そう簡単に崩れるとは思わない。
「切り取るとしたら、軍部でしょうね。酒を飲み交わしていても、プレイの激しさからしてもストレスは相当なものです」
「……なるほど」
悔しいが、この変態に同意だ。まず、攻めるとすれば軍部だろう。盟主シガー王は、2人の将軍を処刑している。それが原因で、彼らから猛烈な反発を招いていると言う。
だが、彼らがジオウルフ城を奪還された事実はある。
戦に負けることが罪だという事であれば、シガー王のやったことも致し方ないという論調も出てくるだろう。果たして、クーデターというところまで叛意を高められるものだろうか。
「むーっ……
ラスベルは困惑気味につぶやく。
仮に、クーデターが成功したとしても、現在はノクタール国と戦争している状態だ。クゼアニア国単独では立ち行かなくなるので、当然、イリス連合国としての立ち位置を模索することになるだろう。
当然、シガー王は盟主の座から引き摺り下ろすのだろうが、クゼアニア国の軍部が次の盟主を強引に指名したところで、ヤアロス国のアウヌクラス王が承認するはずはない。
かと言って、ヤアロス国に併合されるという結末を望むとは思えない。国家ごとなくなるということは、それだけ重大なことだ。
「……我々はあの方から、最終的な絵がどのようになるかを教わってません」
「なぜですか?」
ラスベルは初めてモズコールの方を振り向いた。
「あの方の思い描いている結末に至らないことも十分にあり得る。各々が状況に合わせた判断で動いてくれればそれでいいとのことでした」
「……」
ナンダル、そして、モズコールに対してかなりの信頼を寄せていることがわかる。計画に固執することよりも柔軟性を重視するという姿勢も、悔しいが凄い。
「ところで、ラスベル様はどうしてここに?」
「……ボルサ村で伏兵を準備しました。扇動のお手伝いならできるかと思います」
顔を近づけ、声を潜めながら答える。
「それは……ナンダル様に言って頂けると。私は夜の店専門ですので」
「くっ」
なんて忌々しい変態だろうか。秒で背を向け、ナンダルに同じことを言う。
「なるほど。今、ちょうど兵隊と指揮官が足りないと思っていた。これで、足りないピースがドンドンと埋まっていくな」
「……」
ラスベルは自分の意思でここに来たはずだった。だが、結果としてヘーゼンの想定通りにことが動いているような感覚に襲われる。
「私はもう少し独自で調査してみます」
首都アルツールの雰囲気を感じ取っておかないと、いざ扇動を行おうとした時に破綻する。仮に軍部を動かせたとしても、民衆がついて来なければ本当の意味での成功とは言えない。
「であれば、私の部屋を使ってください。基本的には終日不在にしてますので、自由に使えるはずです」
「……」
「フフっ。心配されなくても結構ですよ。私は契約魔法で縛られてますからね」
「……」
なんか、嫌だなーと思っていると、ナンダルの下に伝令が入ってきた。彼は報告を受けると、非常に驚いた表情を浮かべていた。
「それは確かか?」
「はい。裏も取れてます」
「……」
「ナンダルさん、どうかしましたか?」
「ヘーゼン=ハイム率いる遊撃隊が、ダゴゼルガ城で敗走したとのことだ」
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